私たちの生活の中で身近な素材、紙。ノート、紙コップ、ティッシュや提灯、あるいは紙幣にまで、日常で幅広く使用されている。

和紙の産地・山梨県市川三郷市にて、和紙の糸で美しく立体的にニッティングされ、ポップで目を引く色合いと紙のやわらかい質感が特徴のプロダクトブランド『SIITO(シィート)』が誕生した。

株式会社 大直のSIWAブランドプロデューサーである一瀬愛さん、ものづくりの家系に生まれたファッションスタイリストの谷崎郁子さん、独特で繊細な3Dニットデザイナーの丹治基浩さんが一緒になった、新たな紙の挑戦である。

時代とともに変化していく紙

山梨県の市川三郷町(いちかわみさとちょう)は、和紙の産地として1000年もの歴史があり、障子紙の全国シェア40%を誇っている。かつてその紙質は“美人の素肌のように白く美しい”ことから『肌吉紙(はだよしかみ)』と呼ばれ、江戸幕府に献上されていたという。

「昔この町に100軒以上あった紙屋さんは、今では8軒にまで減ってしまっています」一瀬さんは、残念そうにそう話す。 時代の流れや人々のライフスタイルの変化によって日本の住宅様式は変わり、和風住宅の減少とともに障子紙の需要も少なくなっていったという。そんな中、一瀬さんが働く大直では、商業施設やホテルなどに卸すための“破れない障子紙”である、木材パルプとポリオレフィンという繊維を使った『ナオロン』という素材を、15年前に開発した。

「ナオロン」素材を使用した “破れない障子紙”

SIITOの商品で使われているのも、このナオロンという素材だ。一瀬さんは、“日常使い出来る和紙製品”というテーマのもと、ナオロンを使用して同じ山梨県出身の工業デザイナーの深澤直人さんとともに、デザインされた日用品のブランド『SIWA(しわ)』を2008年にスタートさせた。深澤さんは、ナオロンをくしゃくしゃにすることで風合いが出ることを見出し、その風合いを生かした日常品を提案している。

紙から糸に、糸から製品に

『SIWA』をやって行く中で、ミニマムな製品、平面的なイメージから、もっと立体的かつデコラティブで遊びのある製品開発もしていきたいという想いが生まれ、和紙糸の開発に5年ほど前から取り組んだという。初めから何か具体的なプロダクト作りを目指していたわけではなく、“和紙そのものの可能性”を追求し続けていた一瀬さん。

機械漉きの紙漉き技術としては、1000m以上の長い和紙は漉けるものの、それを長い状態のまま細く切り、平らな紐状にするのは課題があった。人づてに紹介を繰り返しもらい、500mの長さで細くスリットカットできるメーカーに出会えた。その後平らな紐を撚る、撚糸(ねんし)という作業が出来なければ糸にはならないが『ナオロン』が丈夫な故、撚りが戻ってしまい、糸にすることが出来る工場がなかなか見つからなかった。

※撚糸 ー 糸に撚り(より)をかけること、または撚りをかけた糸のこと。ねじり合わせること。

撚糸されたナオロン

困っていたところ、丹治さんから紹介してもらったのが、同年代の四代目が営む『林撚糸(はやしねんし)』という和歌山にある工場だった。そこの技術者と林さんの『新しい事に挑戦したい』という想いが重なり熱心に取り組んでくれ、糸にする事が出来た。そこから丹治さんに3Dニッティングのデザインを依頼して、製品化していくことになった。

谷﨑さん:「技術者とデザイナーなど、クリエーションする人達がもっと直接話をすれば新しい物が生まれやすいし改善点も早いので、そういったコミュニケーションがもっとダイレクトになれば良いと思います」

谷崎さんがSIITOに入り、今年1月にMAISON&OBJET(メゾンエオブジェ)にてSIITOを発表するまでの1年という早さは、大直の一瀬さんと谷崎さん、丹治さんがダイレクトに連絡を取り合っていたからだと話す。

(左から)谷崎郁子さん、一瀬愛さん

きっかけとしてのSIITO

谷﨑さん:「服を着ること、物を扱うこと、肌に触れることなど、若い子達に『何か1つを深く知る』きっかけになってくれたら、という思いが根本にあります。ファッションスタイリストとして、今は身につけるのものへの意識が薄れてきているのを感じます。実際は身につけてみて、持ってみて感じることがファッションにはあって、体感することだと思っています。一度使ってみて、自分で気づく事によって、もう一度そこに対して探求していく、自分を確立していきながら楽しむのがファッションだと思うんですよね。そこが今は薄いのかな、とさみしく感じます。皆さんに、特に若い人達に“手が入っているもの”を使って、感じて欲しいです」

そう話す谷崎さんの実家は繊維・紡績業を営んでいる。ものを作る側の目線として、「一律に低価格で売るという意識になってから、衰退の負のサイクルになっているとすごく感じます。ファッションの中で何かやろうとするとなかなか突破口は見つからないかもしれないけれど、違う視点から切りこみ、新しいジェネレーションになったら、とSIITOをやる前からずっと思っているんです」と話す。

身近だけど知らない素材「紙」

一瀬さん:「紙の定義って意外と広いんです。水と繊維を使い、繊維が絡み、水がたまった場所から網などで“漉き上げたもの”が『紙』です。なので、ポリエステル100%でも麻100%でも藁100%でも、紙漉きの工程を使っていれば『紙』なんです」

谷﨑さん:「今年4月に、GINZA SIXで行なったpop up storeにて店頭に立った際に『紙って破れないんですか?』など素材の事から入る質問が多かったのですが、そういうことをまず聞かれないくらい、紙素材についての認知度が上がるといいなと思っています。例えばレザーはこうだよね、という認知があった上でものを買うけれど、紙は昔からある身近な素材だったりするからこそ“少し弱い”というような感覚を皆さん持ってるんです。みんなの『紙』としての認知が、今違った『紙』になっているという事が広まってくれたらいいな、と思います」

日々の生活の中で身近にあるけれど、実は進化し続けてきた素材『紙』。レザーや他の素材とは違う、紙ならではの優しい風合いを実際手にして長く楽しみたい。

製品化し、販売を通して改めて谷崎さんはこう続ける。
「SIITOを通して“チャレンジ”という言葉を伝えたいです。企業としてのチャレンジ。消費者としてのチャレンジ。それには両者の一歩踏み出すチャレンジがあってこそ。私がデザイナーとして紙とふれあって感じた感覚を是非、みなさまにも味わって頂きたいです。新しい物の中になぜか懐かしさみたいな感覚になるのがSIITOかなと(笑)。昔は衣服としても使われていた和紙です。レザーや布と同じ立ち位置になっても良い素材だと思っています。紙という素材をより広範囲に使用用途を広げることもSIITOの使命でもあるのかなと思っています」

今後はSIITOとして、洋服を作りたいとも考えているそうだ。

素材としての注目は徐々に広まってきており、Maison Margiela(メゾン マルジェラ)2018 秋冬コレクションの中で、ナオロンが採用された。課題はまだまだ多いものの、技術者、デザイナー、日本のものづくりと製品の進化を続けるSIITOの『紙』の挑戦は続く。今秋10月17日〜30日、銀座ファッションウィークに合わせて SIWA Collection 東急プラザ銀座店にて実際触れてみる事が出来るので、“新しい紙のかたち”を手にとってみたい。


SIITO (シィート)

千年続く和紙産地山梨県市川三郷にある和紙メーカー大直が新たな挑戦として取り組んだ自社開発の紙の糸を使い、開発したブランド。
紙から糸に変化したナオロンヤーンを使い2Dから3Dへ。遊びと日々の変化を楽しむペーパープロダクト。ニットの立体感とナオロンの持つ軽さと強さが特徴のブランド。
和紙という素材を見つめ、素材から醸しだされる雰囲気を活かしながら、楽しさあふれるアイテムに仕上げています。
URL: http://siito.jp/


SIWA Collection 東急プラザ銀座店
東京都中央区銀座5-2-1 東急プラザ銀座 6F
営業時間:11:00〜21:00
03-6264-5344


Naoko UEDA
15歳から華道をはじめ、池坊短期大学を卒業。2013年に渡仏、フローリスト養成学校を卒業後、福千代(shirochiyo)としてショールームの装花や撮影でスタイリング、ワークショップなど行う。
現在はパリと東京を行き来しながらフラワースタイリスト、ライターとして活動中。
Instagram: _shirochiyo_