「夢の館」のマリーナ・アブラモヴィッチに師事した経験があり、国内外で人気を集めているベルリン在住の現代美術家 塩田千春による作品「家の記憶」は、2009年に作られた。彼女の作品もどこか薄気味悪さと退廃的な印象を焼き付けられるものがある。築100年以上の古民家を活かしたこの作品は、地元の人たちから集めた “いらないけど捨てられないもの” を、丁寧に糸で編んでいったもの。まるで時間が止まったかのような、その時代の記憶に引き込まれるような不思議な異空間を作り出している。

日本三大渓谷のうちの一つでもある、十日町にある清津峡渓谷。
昭和63年の落石以来封鎖されていた清津峡渓谷は、より安全で安心に清津峡渓谷の観賞を楽しんでもらうため1996年に清津峡渓谷トンネルが建設された。トンネルは750mとなかなかの距離で、4箇所の見晴らしポイントが設定されている。渓谷を見晴らすためだけに作られたと思うとそれだけで感心してしまうが、トンネルを進んだ先で見られる渓谷は、圧巻の美しさだ。芸術祭会期中はトンネル内にいくつかの作品も展示してあり、渓谷美に負けないほどの存在感で渓谷とトンネルのハーモニーをさらに興味深いものとさせている。

松代エリアのメイン会場、雪国農耕文化村センター「農舞台」は、オランダの建築家集団 MVRDVによって2003年の芸術祭に合わせて建設されたもの。建築自体を外から見てもユニークだが、中の構成もトイレから屋上に至ってまでとても楽しめるものとなっている。

農舞台| Natsuko Natsuyama

館内にはいくつかの作品が展示されており、こちらは部屋自体が黒板になっていて、床から椅子や机どこにでも落書きをしてもいいようになっている。

「農舞台」では2017年3〜7月にかけて南オーストラリア博物館で開催され大きな話題を呼んだ「イダキ:ディジュリドゥ、オーストラリア大地の音」展が行われている。イダキとはオーストラリア大陸の先住民アボリジニの金管楽器である。この展覧会では、実際にイダキに触れてみることもできるし、いくつかのドキュメンタリーが上映されており、実際の音や振動を体感できるインタラクティブな展示方法となっている。その音楽は決して理解しがたい民族音楽ではなく、不思議とすんなり体に馴染むような心地良い音楽だ。

9月8日には国際的なイダキ製作者でもあるジャルー・グルウィウィ氏が来日する。単身でオーストラリアに渡り、ジャルー氏のもとでイダキとアボリジニの世界を学んだというGOMAと共演するそうなので、タイミングが合えばこの機会に行ってみるのもいいかもしれない。

ゆったりした棚田の風景からは想像できないほどの規模で行われている大地の芸術祭、下調べとプランを立てることがとても重要になってくる。建物内にある作品は大抵5時くらいに閉まるが、自然の中に点在している作品ならいつでも観賞することができるので、5時以降にそれらを見て回ることをオススメする。

その中でもとびきりの迫力で存在していたのは「土石流のモニュメント」。2011年3月に起きた長野県北部地震の影響で、大規模な土石崩れが発生した場所である。深い積雪が土石流を大きくする要因となり、地震で地盤が緩んだため2度の土石流が起きたそうだ。そこに鉄鋼板の壁を外周としたダムが作られ、ダムの中には土砂崩れで雪崩れてきた岩が入っている。それについての説明もダムに駐在していた方が丁寧に説明してくれた。

芸術家の磯辺行久氏はこの場所に、地元の人たちの協力を得て230本の黄色いポールを立てた。それは地震で土砂が崩れた範囲を示すものだった。長閑な田園風景と、それ自体がアート作品にも見えるような存在感のダムから、そんな土砂災害が起こったとは想像しがたいものがあり、自然の恐ろしさや自然と共存する十日町の人々の暮らしについて思いを致した。説明を聞かなければ、何がなんだか理解しないで終わってしまうであろうこちらの作品は、アートとは何か?を考えさせられるきっかけとなった。

他にも、うぶすなの家のすぐ近くにある「胞衣‐みしゃぐち」は、2006年に古郡弘によって作成されたもの。“場所の気配を形にする” をテーマに作られたこの空間では、自然の屋根ができるようにと植えられた植物が、生い茂ったり枯れたりしながら年々その姿を変えていくようだ。それはもはや遺跡のような佇まいで、作られたものということを一切感じさせない自然さがある。この作品もまた、アートの役割や大地の芸術祭が行ってきた活動が何かということを伺えるものとなっている。

「胞衣‐みしゃぐち」| Natsuko Natsuyama

十日町周辺では宿泊可能な場所が限られている。airbnb等の民泊が合法になってから、airbnb上から一般の人の掲載がごっそりなくなってしまった。そのため十日町市のようなもともとホテルや民宿などが少ない地域では、こういった催し物などが行われるハイシーズンでは宿を見つかるのがやや困難となっている。そんな中、今回はたまたま空いていた農業民泊の「茅屋や」に2泊宿泊させて頂いた。

茅屋や| Natsuko Natsuyama

値段もかなり良心的で、到着すると「その辺に車を置いて、上がってくつろいで〜!」と放し飼いにしている鶏を小屋にしまいにいく「茅屋や」を切り盛りする女将の高橋さん。元々十日町出身で、東京でいくつかの仕事を経験した後、また十日町に戻り地域おこし協力隊に入り活動し、3年経った頃に取り壊すことが決まった古民家を買取り、民宿を始めたのだそう。

「今夜と明日の朝ごはんは作れるけど、明日の夜は飲み会があって朝帰りになると思うからごはん作れないから!」といった感じに、本当にどなたかのお家にお邪魔しにきたかのようなゆるさがなんともたまらなかった。夜ご飯時にも一緒に盃を交わし、猟師見習い中であることや、鉄砲打ちの訓練中であることなどを話して頂き、最後には筆者の住む街「冬のコペンハーゲンに遊びに行きたい!」と盛り上がり楽しい夜を過ごした。

この棚田に囲まれた静かな田舎街で、あるべき姿の農家民宿「茅屋や」は一泊4,500円、朝食夕食をつけると+3,500円。「お酒も持ち込んでいいし、うちにある自家製のフルーツ酒などはどうぞ好きなだけ飲んでください!」とのこと。夜ご飯には食べきれないほどのお料理をどんどん作って頂き、朝ご飯には放し飼いの鶏が産み落とした卵の卵焼きに、畑で取れた野菜や自作のお米を提供してくれた。

茅屋やの食事| Natsuko Natsuyama

2日目は高橋さんにオススメして頂いたお蕎麦やさん “そばの郷 アブザカ” に行ってみた。
そちらの蕎麦屋さんでは、へぎ蕎麦と和食のブュッフェがセットになった1,500円のメニューのみ。そば粉から野菜まで、全て地元で丁寧に育てられているもののみを使用しているそうで、そのバリエーションや味のクオリティに驚かされた。十日町出身のシェフ、弓削朋子さんは、いつも料理に「ありがとう」と話しかけることで食材が一番美味しいところを教えてくれると考えているそう。またアブザカでは、バリスタ世界大会で日本人初めての入賞を果たした、バリスタの巨匠横山千尋によるこだわりのコーヒーも楽しめる。

2泊3日でほとんどの作品を見て周れると予想したが、平均して1日に4、5個くらいが精一杯だった。だが十日町ならではの長閑な自然や、心温まる親切な人々とのコミュニケーション、地元食材を使った豪華な食事などをゆっくりと楽しめたので、最後には本当に来てよかったと思える小旅行となった。芸術祭というきっかけがなかったら知ることも訪れることもできなかったかもしれない町に、ある種スムーズに誘導してもらえたことがとても有り難く感じた。

大地の芸術祭、越後妻有トリエンナーレは9月17日まで開催している。3年に1度のこの機会にお気に入りの作品を探しがてら、十日町の魅力に出会うのも特別な時間になるかもしれない。

『大地の芸術祭、越後妻有トリエンナーレの回り方 前編: Column』はこちら


大地の芸術祭 越後妻有トリエンナーレ
会期:2018年7月29日(日)~9月17日(月):51日間
開催:地越後妻有地域 (新潟県十日町市、津南町) 760k㎡
主催:大地の芸術祭実行委員会
共催:NPO法人 越後妻有里山協働機構

農家民宿 茅屋や
新潟県十日町市新座乙764

そばの郷 Abuzaka
新潟県十日町市南鐙坂 2132

NATSUKO

モデル・ライター
東京でのモデル活動後、2014年から拠点を海外に移す。上海、バンコク、シンガポール、NY、ミラノ、LA、ケープタウン、ベルリンと次々と住む場所・仕事をする場所を変えていき、ノマドスタイルとモデル業の両立を実現。2017年からコペンハーゲンをベースに「旅」と「コペンハーゲン」の魅力を伝えるライターとしても活動している。
Instagram : natsuko_natsuyama
blog : natsukonatsuyama.net