今年で開催第7回目となる「大地の芸術祭 越後妻有トリエンナーレ」は、新潟の十日町市で3年に1度行われている芸術祭だ。十日町市と聞いてもピンと来る人は少ないかもしれないが、十日町市には新潟を象徴するモノやコトが集約されている。
まず、新潟と聞いて真っ先に思いつくのがお米。十日町市は魚沼産コシヒカリの産地で、市内の至る所で稲作が手がけられている。十日町市の中心には信濃川が流れ、雄大な盆地とともに河岸段丘が形成されており、星峠の棚田は絶景スポットとしても知られているが、そこだけでなく、芸術祭を見て回っていると、他にも美しい棚田の風景に何度も出会った。
また、十日町は中世の時代から織物をしてきた、京都に並ぶ着物の生産地でもある。十日町の着物産業の特徴は、織物が完成するまでの工程を一貫生産しており、また「織」と「染」の両方の産地であることだ。伝統工芸品に指定されている「十日町明石ちぢみ」はさらりと軽い着心地のため夏に涼しく着られる着物で、「十日町すがり」は、設計通りに色付けされた糸を、縦横の配色を合わせながら手作業で織って作られている着物だ。
知れば知るほど様々な歴史や文化が出てくる十日町だが、「大地の芸術祭 越後妻有トリエンナーレ」は、2000年から、過疎高齢化が進む十日町市を舞台に“人間は自然に内包される”を基本理念とし、アートを道しるべに、十日町市を巡るアートによる地域づくりを目的として開催されている。今年のテーマは『均質空間への疑義』・『人間の土地に生まれるアート』・『アートを介する人の移動』・『人類の始原に還る企画展』とされ、6つのエリア、およそ720km2に渡る広範囲に355個もの作品が点在している。
2泊3日の旅、レンタカーで東京から向かった。初日はひとつのエリア内の作品を全て見て回ろうとしているうちに、全て見れずに終わってしまった。他にまだ5つのエリアがあるというのに、残りの2日間で到底見て回れないと分かり、思いきって最小限に場所をピックアップすることにした。会場に来てしまえばどうにかなるだろうと思っていたが、甘い考えだった。急いでガイドブックとWeb上の作品の説明を確認したり、関係者にオススメを聞いたりしていくつかの作品をピックアップし優先順位をつけた。
2日目に優先順位の高いものから見て回ったが、楽しむというよりややミッションのような気持ちになった。そのおかげで、絶対に観たかった作品は全て鑑賞できたので、3日目は時間があれば見てみたい作品や、たまたま通りかかったとこにある作品を見るなど、スポンテニアスな1日になった。
初日から最終日に至るまで感動したのは、十日町市の人々の優しさや親切さだった。ガソリンスタンドで会う人から、作品の展示場所やレストラン、街中で通りすがりにすれ違う人々までみんなが声をかけてくれたり、親切に説明してくれたり、とびきりの笑顔で迎えてくれたりと、もうそれだけで心が豊かになり幸せな気分だった。十日町市の魅力は何かと聞かれたら、間違いなく人々の優しさや親切さだと答えたい。
初日にランチを食べに行った “うぶすなの家” は、2004年の中越地震の際に市内でもっとも大きな被害を受けた地域にある古民家ギャラリー兼レストランだ。地震によって至る所が傾いてしまったこの家は空き家となり、その空家を「地域そのものの表現」として再生し活気を取り戻すために企画された、第3回大地の芸術祭の空き家プロジェクトによって “うぶすなの家” として再生された。家の中自体が作品となっており、日本を代表する陶芸家たちが手掛けた囲炉裏、かまど、洗面台、風呂、2階には3つの茶室からなる部屋に焼き物が展示されてある。ところどころ傾いたままの柱などもそのままにされてある。
そこで集落の女衆たちによる地元の食材を使った食事が提供されている。うぶすなの家に到着すると、女衆のひとりが気さくに声をかけてきてくれ、家の成り立ちや作品についてシステマチックではなく、丁寧に説明してくれた様子がとても印象的で、本当にこの街やこの場所に愛があり、伝えていきたい気持ちがあることが感じられた。
食事はとても豪華で、1,500円でこのクオリティとボリュームは日本の田舎ならでは。どの食材も素材のダイナミックさに驚かされた。お米はそれだけで楽しめそうなほど一粒一粒が水々しく粒が立ち、茶碗に完璧な状態でよそわれるまでの工程が想像できてしまうほどのダイナミックさだった。最後の一粒まで残したくない、しかしおかずの量が多くて大食いの自分でも完食できなかった。最初にご飯は少なめで!と言えばよかったとすこし後悔した。
十日町エリアのメイン会場、越後妻有里山現代美術館キナーレは見所が満載。入り口から入ると、金沢21世紀美術館の常設作品 “スイミングプール”や、昨年末から今年の春にかけて森ビルで行われた大回顧展で話題を呼んだアルゼンチンのアーティスト “レアンドロ・エルリッヒ”の作品がお出迎え。彼の作品は、観る人を一瞬にして作品の中に引き込んでしまうような、参加型作品として記憶に焼き付いている人も少なくないだろう。
建築を学んだ後にアートの世界で活動する彼の作品は、空間を活かし日常的な知覚や認知といった感覚に訴えかける体験型作品として、子供から大人まで幅広い層に人気を集めている。このキナーレの大きなプール作品でも、人々が体験を共有できる場となり、2階から眺めるとまた別のトリックが仕掛けられていることに気づかされる、2段階仕込みの作品だ。
大地の芸術祭の会期中じゃなくても訪れてみたい、世界的に有名なアーティスト、ジェームズ・タレルによって作られた「光の館」。
第一回大地の芸術祭で、ジェームズ・タレルによって建設された「光の館」は瞑想のためのゲストハウスとしても運営されている。会期中は10:00〜16:00、通常は11:30~15:00の間、500円で鑑賞可能となっている(会期中パスポート提示で無料)。光と向き合うことをテーマとしたこの館内には光に関する仕掛けがいくつか施されている。訪れる季節や天候によってその姿を変えるところも見所だ。たまたま訪れたタイミングで、係の方が天井が開閉する様子を見せてくれた。
一方、過激で自虐的なパフォーマンスアートで知られているマリーナ・アブラモヴィッチの「夢の館」は第1回大地の芸術祭によって建設された。マリーナ・アブラモヴィッチは、パフォーマンスアート作品として、ガソリンを燃やして共産主義の象徴である赤い星を作り、その炎のなかに横たわって政治的メッセージを表現しようとした際に、酸素不足から意識をなくしあやうく命を落としかけたり、20本のナイフを用意し、指の間をリズムよくナイフで音を刻んでいき、ナイフで指を切ってしまったら次のナイフに変えるパフォーマンスや、NYのMoMAにて736時間30分、沈黙のまま、訪れる鑑賞者と向かい合って椅子に座り続けるパフォーマンスを再現する回顧展「The Artist Is Present」など、どの作品も気の毒になる気持ちを通り越して爽快感すらある過剰さだ。
そんな彼女の世界観を体験できる「夢の館」は、築100年を超える家を改修して作られた宿泊施設として運営されている。もちろん普通の宿泊施設ではなく、その宿泊体験自体がアート作品となっているのだ。
アーティストによって用意された夢を見るためのスーツに身を包み、棺桶のような箱の中に入り眠りにつく。そしてその日に見た夢は、夢の本に書き綴るというもの。その夢の本も展示されており、座ってゆっくり読むことができる。みんなが書き綴った夢の記憶を読んでいると、まるでその人達の中に入り込み同じ気持ちを体感できるような感覚を味わえた。「夢の館」も会期中、会期外共に時間限定で鑑賞できるようになっている。
後編へ続く
会期:2018年7月29日(日)~9月17日(月):51日間
開催:地越後妻有地域 (新潟県十日町市、津南町) 760k㎡
主催:大地の芸術祭実行委員会
共催:NPO法人 越後妻有里山協働機構
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NATSUKO
モデル・ライター
東京でのモデル活動後、2014年から拠点を海外に移す。上海、バンコク、シンガポール、NY、ミラノ、LA、ケープタウン、ベルリンと次々と住む場所・仕事をする場所を変えていき、ノマドスタイルとモデル業の両立を実現。2017年からコペンハーゲンをベースに「旅」と「コペンハーゲン」の魅力を伝えるライターとしても活動している。
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