作品の元となるストーリーを構成し、短い脚本を書き、ストーリーボードを作り、絵を描くというユニークな方法で絵画作品の制作をしているアーティスト・松下沙花氏。「almost heard you」と題された個展が、明治神宮前にあるsorama gallery(ソラマ ギャラリー)にて開催中だ。

彼女の作品を目の前にすると、ひんやりと冷たい低い温度の中、でも不思議と心地良い、そんな不思議な感覚になった。じっと見つめていると、思わずその先に繋がるもうひとつの物語を想像していた。

今回の個展では、絵画作品に加えて作品のストーリーから受けたインスピレーションをもとに制作されたというRafael Ikenaga氏によるサウンドが入り、展示空間全体も作品として捉えられる。また、平面の表現はより立体的な豊かさを持ち、空間の中では絵を観る角度によって別のストーリーが生まれてくるといった、彼女らしい遊び心も隠されてる。

Photography: Gui Martinez

沙花さんの短い脚本・ストーリーボードを作って作品を描く、という方法がとてもユニークだと思ったのですが、このようなスタイルで絵を描くようになったのはなぜですか?

大学では衣装デザイン、大学院では舞台美術を専攻し、その後ロンドンでシアターデザイナーという仕事をしていた経緯からの影響です。シアターデザイナーとは、セットと衣装のデザイン両方を一人で担当する職業です。その時のプロセスが、脚本を読んで、ストーリーボードを描くということでした。ストーリーボードとは脚本を絵に起こしていくことなのですが、自分が監督だったら、と想像しながら俳優さんの立ち位置を考えて、棒人間が舞台にいるストーリーボードを作っていくんです。結構膨大な量になりますし、大変な作業なのですが、シーンごとに舞台に何人立っているのか、それによって舞台がどのくらいのボリュームになるのかを把握するために行います。それによって家具の配置を考えたり、このシーンにはどういう人がいるのか、物語がどう進むのかとわかるので、とても重要な作業でもあります。

そのプロセスが自然と身についていたので、現在も自分の中にある描きたいストーリーをまず文章にしてイメージを膨らませるという同じ方法で作品作りをしています。

なるほど、面白いですね。そこからストーリー作りが始まったのですか?

大学院の頃に、どの物語にも小さな物語が沢山詰まっていると気づきました。衣装やセットデザインは、その小さな脚本には書かれていない、見えない物語を作ることだと思ってやっていました。

日常のものも同じだと思います。私が今着ているワンピースも、モノとして置いていたら、ただのワンピースかもしれませんが、ワンピース1枚にもストーリーがあるのだと思います。例えばこのバラの花も、咲いているところから誰かが切って、積んで、ここまで届く間にストーリーがある。それに注目して見ると、面白いですよね。

沙花さんの描くストーリーが生まれるインスピレーションはどこからくるのでしょうか?

私は景色や人の顔など視覚的なものからというよりは、文章や言葉からインスピレーションを得ることが多いです。それは、読んでいる本の全体の話とか内容ではなくて、ある一つの文章や言葉からというか。
「雨ニモマケズ」という誰もが知っている詩を例にあげると、詩全体から絵のイメージがわくのではなく、「雨にも」ってすごくロマンチックだなあという単純な思いから始まり「雨」ってなんかこう、音がいいなぁ、どこで聞こえているんだろう、というようにイメージが広がります。そのプロセス中に聞こえた、元ネタとは全く関係のない人の会話や言葉からさらにヒントを得ています。短い脚本というのはそういうものをつなぎ合わせていく作業ですね。脚本というより、どちらかというと台詞をつなぎ合わせたものというような感じです。

実際に描き進めていく中で、新たなストーリーの想像が膨らんだりもするのでしょうか?

ベーシックなストーリーは変わらないですが、もちろん描き進めて行くとどんどん中身は太っていきます。以前からやっていることの一つが「シンボリズム」というもので、ストーリーの中でシンボルやキーイメージとなるものをいつも描いていて、そのキーイメージがどうなるのかは描き進めて行く中で決めています。今回の展示ではチューリップやバラの花などをシンボルとして出しています。あえていつもそれが何を表しているということを言わないようにしていて、それが愛情なのか、憎しみなのか、それは観る人に感じて決めてもらっても面白いかなと思っています。

Photography: Gui Martinez

今回、音楽を流して展示をされていますね。波の音や人や声なども入っていて、まるで映画のシーンを眺めているようでした。音楽を入れようと思ったのはなぜですか?

音楽が入ると、立体的に物語を体験できるかと思います。私は美術館などで絵を観ていると、あ、こういう音楽合うなと、曲を思い出したりと、聴覚芸術と視覚芸術はいつも結びついています。そういう感覚は皆さんあったりすると思いますが、今回は映画のサウンドトラックのように、そのふと別の曲が浮かぶ前に音楽をコントロールすることで、より自分の伝えたい物語が伝えられるのではないかと考え、以前から友人だったラファエルにお願いしました。依頼をした際は、まだ絵は全然できていなくて、先ほど話した短い脚本と、描き途中のドローイングを渡して、なんとなくこういうイメージだと伝えたら、「わかるよ!」といってくれて、できたのがこの音楽です。本当にイメージぴったりで自分達もびっくりしました!

Photography: Gui Martinez

プロフィールには長崎で生まれたと書かれています。それからニューヨーク、トロント、ロンドンと、海外で育ったのですね。

両親が長崎出身で、母が里帰り出産をしたので長崎生まれです。私は色々な場所で育ったので故郷がないという感覚があって、今でも「故郷」にすごく強い憧れがあります。だからこそ生まれただけで住んでもいない場所を出身というのはおかしい、と思っていました。けれど最近では自分が長崎で生まれたことは何か意味があると思い、プロフィールに書くようになりました。両親の故郷だから、自分の故郷でもあると思っています。長崎で生まれたことは誇り高いことなんだなと思います。次はそれをテーマにした作品を作る予定です。

ニューヨークとトロントで育ち、ロンドンの大学へ行かれたのですね

ニューヨークは5歳までいて、その後小学校だけ日本に暮らし、トロントは12歳から19歳になる年までいました。トロントが一番、育った場所でもあるので、トロントに行くと「帰る」という感覚です。ロンドンは同じくらい住んで居たので思い入れがあり一番好きな場所でもあります。

ロンドンの大学での学生生活はどうでしたか? 

学生生活がガラッと変わったのは、映画学校の友達ができたことだと思います。学生時代から卒業後もずっとアシスタントをしていた衣装デザイナーが、ロンドンフィルムスクールという映画学校の衣装の講師でもあり、その方の紹介で映画学校の学生に出会い彼らの衣装をデザインする機会がありました。大学院だったので全員自分より4、5歳年上の男の子ばかりだったのですが、バックグラウンドも国も違う人たちがアイデアを持ち寄って必死に映画を作っていて、すごく勉強になりました。そのうちに「俺の映画の衣装もやってよ!」がどんどん増えてしまって、結局半分潜りでその学校に行っていました(笑) 朝起きて、自分の学校に行く前に映画学校での朝早くからやっていた撮影に参加して、その後自分の学校へ行って授業を受けて課題を進めて、また夕方に映画学校に戻っていました。今でも映画学校の友達に会うと「ああ、そういえば君はうちの学校の人じゃなかったんだよね。いつも忘れるけど」と言われます(笑)

沙花さんが色々な国や場所で育っている背景は、ずっと同じ場所で育った人にはない感覚をお持ちだと思います。

故郷というものに憧れているという自分の気持ちにたどり着くまでには時間がかかりました。ティーンエイジャーの頃は、なぜ私は日本で生まれたんだろう、なぜ私は日本に、自分とはあまり関係ないところに帰らなければいけないのだろうと思っていました。日本人というラベル、日本のパスポートなどがあるが故に、そこに帰らされることが信じられなくて。

デザイン面でも「日本っぽい」とか「和を感じる」と言われて。シンプルなものを作れば「禅を感じる」とか。私がどんなに英語をネイティブのように話せても、自分の名前に「MATSUSHITA」とついているだけで、みんな勝手に「和」と結びつけるんだ、と思って。すごく嫌でした。

今となっては、そんなことを言われても全く否定的に感じません。両親も日本育ちですし、私も日本生まれで、日本でも育ったことがあります。自分の作品に「日本」は滲み出てくるものなので、否定しても意味がないと思っています。自分に故郷がないことが悲しい思いと捉えるのではなくて、逆に故郷に対しての憧れがあることは悪いことではない、逆にそれを使って作品にしようという風に、思えるようになりました。

そのような環境で育った背景が、作品に反映している部分はあると思いますか?

いつも作品を観て最初に言われることが「沙花ちゃんの絵って寂しいよね」ですが、これは自分にとっては褒め言葉です。言っている人はそういうつもりではないのかもしれませんが!(笑)「寂しい」という感情って誰にでもあることだと思うからです。私の場合は特にそういう、故郷がない、どこにいても外国人として扱われるという居場所のない寂しさが常にあるのだと思います。特に日本ではネガティブに捉えられがちですが、寂しいという非常に人間らしい感情を、私はネガティブだとは思っていません。

ペイントはアクリルですか? 沙花さんはペインティング作業がものすごく早いと聞いたのですが。

アクリルです。ペインティングは今年になってからはじめました。今までの版画の手法よりもずっとダイレクトなので、だいぶ自由に感じています。描くスピードはすごく早い方だと思います。アクリル絵の具って、10分から15分くらいで乾くのですが、それも待っていられならいくらいせっかちなので、今回の作品は全部同時に描きました。こっちの一部を描いて、乾かしている間にこっちの一部を描いてっていう感じです。なので全然終わらなくて、一気に全部終わりました。制作中は周りに、そんなやり方で混乱しないの?と言われましたが、一連のストーリーなので大丈夫なんです(笑)でも途中で考えが変わったときには大変で、こっちをこう変更するならこっちも変えて、、と。描くスピードもすごく早い代わりに、すぐにアイディアも変わっちゃうので、この絵の下に3枚くらい違う絵が重ねて描いてあります。せっかちの飽き性なんです、最悪ですよね(笑)

今回の個展では絵の中に男女が出てきていますが、何か特別なストーリーがあるのでしょうか?

「almost heard you」というタイトルは、「あと少しで聞こえた、あと少しで伝えられた」という意味なのですが、それは誰かが何かを言ったのに「聞こえなかった」ではなく、「言いたかっただろう」と感じることや、「言いたかったけれど言えなかった」というタイミングのずれを表しています。“タイミングのずれは、言葉だけではなくて色々あると思います。例えば、バスに乗れなかったとかも。そのタイミングのずれを人間で表す為に今回は、男女のキャラクターを選びました。この二人は出会ってから最後は離れるという話なのですが、一緒に居たくないというのは恋愛の話ではなくて、その“タイミングのずれ”が生じて一緒に居なくなることを表しています。人間関係の中で、友達同士でも、タイミングが合わなくて疎遠になったり、仲良くなれると思ったけどなれなかったり、自分がすごく気にしている時に相手は気にしていなかったり。人間関係ってそういうのがすごくあると思って。そういう感情や気持ちの重さのずれを表したかったです。
男女にしたことは、特に意味があるわけではなくて。男と男でも女と女でもよかったのですが、男性、女性、をそれぞれ描いてみたかったので。

Photography: Gui Martinez

展示は今週末、日曜日までですね。表現したい、伝えたいこととは?

製作中は本当に信じられないくらい感情の揺れが激しく、すごく辛く感じることも多々あります。そんなときに友達に「あなたは誰に頼まれたわけでもないのに、こういう活動をしてるんだね」と言われて、「ああそうだ、随分不思議なことしてるな私」と思いました。確かに、描いたらお金がもらえるとか、何かがあると約束をされているわけではないのに作品を作っているんですよね。絵を描かないと自分は表現ができない!というわけでも、絵を描く為に生まれて来た!みたいな使命感を感じている訳でもなく、自分にとっては作品作りは、なんというか、髪を洗うような感覚です。普通というか、やらないとちょっと気持ち悪いというか。
自分でもなんで絵なんて描いているんだろう、と思うこともあります。他のことがやりたいと思えたら、したいです(笑)でも小さい頃からアート以外の職業をしたいと思ったことがないので他に選択肢がありません(笑)

最後に、海外で挑戦したい人やアーティストを目指す若い世代へのメッセージをいただけますか?

私も駆け出しなので偉そうなことはいえませんが、人に批判されようがやるしかないのだと思います。私も、なぜこんなに地味なモノプリントをちまちまとやってるの?とか、あなたの作品は暗すぎる、とかお金にならないとか言われ続けましたが、そんなこと言われようが才能がないとか言われようが、好きなものは好きなので続けています。だからこそ認めてくれる人やわかってくれる人に出会えた時は本当に嬉しいですし、日々応援してくれている家族や友人には感謝しています。

海外は思っているよりも近いと思います。みんな英語、言語に捉われがちですが、完璧を求める必要はないと思います。言葉はツールなので、出来るに越した事はないと思いますが、一生懸命にコミュニケーションを取れば必ず伝わると思います。

私は、2ヶ国語を使えるということは、自分の人生において最大のギフトだと思っていますし、その境遇には感謝しています。ただ、私のような帰国子女は、苦労しないで語学を取得したと思われがちなのですが、私たちは語学というギフトを得る為にたくさんのものを犠牲にして来たということは伝えたいです。2ヶ国語を取得し維持することは本当に簡単ではありませんでした。遊びたくてたまらない頃も、毎週みんなが遊んでいる時間に日本語補習校に通い、現地校と補習校の両方の大量の宿題や課題を泣きながらやりました。子供の頃から人種差別も受けて来ました。カルチャー面でも、どちらのカルチャーも理解できるというメリットとともに、どちらのカルチャーでも外国人扱い、完全に属せるコミュニティがないというデメリットがあります。大きな何かを得る為には、何かを失わなければならないのかもしれません。そういう意味では、どの人生もちゃんとプラマイゼロにできているのかなと思います。そのプラス面にどうフォーカスするのかが、自分をユニークにするヒントなのかもしれません。

Photography: Gui Martinez


All Photography by Gui Martinez

SORAMA GALLERY

住所:東京都渋谷区神宮前1-12-6
営業時間:9:30 ~11:00 / 12:00 – 19:00
定休日:月曜日、火曜日
http://sorama.tokyo


松下沙花 (まつしたさか)

長崎生まれ。ニューヨーク、トロント、横浜育ち。
Wimbledon School of Art (現ロンドン芸術大学ウィンブルドンカレッジオブアート)の舞台衣装科で優秀学位を取得。その後Motley Theatre design Courseで舞台美術を学ぶ。大学院卒業後はロンドンにてフリーのシアターデザイナーとして映画、舞台、インスタレーションプロジェクトのデザインを手がけた。2012年より個人プロジェクトの制作を始め、現在は東京をベースに活動を続けている。
www.sakamatsushita.com
instagram: @sakamat