昭和7年12月16日に発生した、白木屋の火災をご存知だろうか。白木屋とはかつて東京の日本橋にあった老舗百貨店だ。クリスマスシーズンだった事もあり、賑わう店内には多くの商品が山積みになっていた。4階のおもちゃ売り場にはクリスマスツリーが展示されていたが、クリスマスツリーの故障した豆電球から飛び散った火花が、周囲のおもちゃを燃やし始めた。あっという間に炎は広がり、白木屋の4階から8階部分が全焼した。多数の犠牲者を出す大惨事となったが、白木屋の火災といえば有名なのが下着にまつわるエピソードだ。

高層階にいた人達が避難するには、ロープや命綱をつたって地上に降りるか、救助ネットに飛び降りるしかなかった。しかし当時はまだ和装が一般的で、女性達がパンツを履く習慣は定着していなかった。そのため、ロープをつたって降りてきても、風が吹くと着物がめくれ上がってしまい、下半身が露わになってしまう。とっさに着物の裾を押さえようとして転落する女性が続出した。恥じらいのために女性達が命を落としたという逸話は人々の同情を誘った。この事件を契機に、日本では女性達がズロース(股下の長いパンツ)を着用する習慣が広まったと言われている。

しかし実際には、着物の裾を気にして転落した女性達はいたものの、恥じらいが死に直結したというケースは無かったとも言われている。少なからず誇張が含まれているであろう逸話だが、和装から洋装に移行して行く中で、この頃下着が一般的になっていったのは事実だ。たった1世紀前まで女性達が下着を着用していなかったという事実には改めて驚かされる。

一方で西洋では、現代と同じような形状のパンツは15世紀頃から存在していたとされるが、パンツはもっぱら男性が着用するものだったため、女性の下着として定着したのは19世紀になってからだった。19世紀に入るまで西洋の女性達は、パンツの代わりにシュミーズを着用しており、この点では日本人女性が着物の下に着けていた腰巻と大差無いのだが、日本と大きく異なるのは、パンツ以外の下着の種類の豊富さだ。
 
西洋において、女性服の形状は時代毎に大きな変遷を経てきた。それに伴って様々な女性用下着が生み出された。コルセット、ペティコート、ガーター、パニエ、バッスル、クリノリンなど、下着の例は枚挙にいとまが無い。そして着目したいのが、これらの下着のほとんどはシルエットを造形、加工する目的で使用されていた点だ。下着はファッションに欠かせないアイテムだったのだ。こうした歴史的背景があるからなのか、日本と西洋では下着に対する意識に大きな隔たりがある。デパートの下着売り場を見てみてもその差は歴然としており、売り場面責の大きさも下着の種類の多さも比べ物にならない。

例えば、ホールドアップストッキングを日本の店舗で見つけようとするのは至難の技だが、筆者が長年住んでいたイギリスでは、スーパーでさえもホールドアップストッキングを販売していた。気分や用途によって様々な下着を使い分ける文化が浸透しており、容易に購入出来たのだ。日本で下着を楽しむ文化が浸透しづらいのは、歴史的背景の違いのみならず、奥ゆかしさや恥を美徳とする日本的価値観によるところもあるのかもしれない。下着のデザインを見てみても、どちらかといえば子供っぽい色や柄が一般的で、セクシーさを感じさせるようなデザインは避ける傾向にある。そのため、大人っぽい下着を買おうとすれば悪趣味なものしか見つからないケースが多い。しかし、ファッションが好きな女性であれば、ランジェリーも洗練されたものを身に着けたいと思うのではないだろうか。今回はセンシュアルでありながらスタイリッシュで品もある、洗練されたデザインのランジェリーをいくつか紹介したい。
 
まずはイギリスのAgent Provocateurを紹介する。ヴィヴィアン・ウエストウッドの息子、ジョセフ・コー夫妻(現在は離婚している)が1994年に立ち上げたランジェリーブランドだ。日本でも地名度があるVictoria’s Secretはセクシーランジェリーを大衆に広めて地位を確率したが、Agent Provocateurはセクシーランジェリーをモードに昇華させた点においてベンチマーク的存在となった。ハイエンドな価格帯だが、作り込まれた世界観と高いデザイン性に魅了されるファンが続出して、現在では世界13ヶ国に店舗を展開している。

Agent Provocateurさん(@agentprovocateur)がシェアした投稿

Agent Provocateurさん(@agentprovocateur)がシェアした投稿

Agent Provocateurさん(@agentprovocateur)がシェアした投稿

Agent Provocateurさん(@agentprovocateur)がシェアした投稿

次に紹介するのはニューヨークのブランド、Fleur du Malだ。ブランド名はフランスの詩人、シャルル・ピエール・ボードレールの詩集のタイトルから取られており、この詩集は一般的に「悪の華(もしくは花)」と訳されている。

2012年にEコマースショップとして創業されたが、たちまち世界中の高級デパートやセレクトショップで販売されるようになった。素材はフランス産最高品質のシルクやレースを使用しており、現代的なフレンチ・シックを意識したデザインは、甘さとセクシーさのバランスが絶妙だ。

Fleur du Malさん(@fleurdumalnyc)がシェアした投稿

Fleur du Malさん(@fleurdumalnyc)がシェアした投稿

Fleur du Malさん(@fleurdumalnyc)がシェアした投稿

Fleur du Malさん(@fleurdumalnyc)がシェアした投稿

日本未進出の海外ランジェリーブランドを二つ紹介したが、最後に紹介したいのは日本のランジェリーだ。

西洋的なテイストのランジェリーを国内で探し続けていたところ、Akiko Ogawa. Lingerieと出会った。 デザイナー小川彰子さんの洋服ブランド、Akiko Ogawaから2016年にデビューしたランジェリーラインだ。

「グローバルな女性のための上品でアグレッシブなランジェリー」というコンセプトの通り、従来の日本的な下着には無かったテイストのデザインで、このような国産ランジェリーが登場し始めている事を非常に嬉しく感じた。日本国内でもランジェリーが更なる多様化と洗練を遂げる事を期待したい。


村井 美香

1986年生まれ。大阪府出身。15歳の時に単身渡英。ケント州の高校をオールAの成績で修了した後、ロンドンの名門美術大学Central Saint Martins College of Art and Designに進学。その後、Kingston大学大学院に進み、首席で卒業。英国王室御用達のジュエリーブランドなど、様々な有名ブランドでデザイナーとして経験を積む。帰国後は国内の某ラグジュアリージュエリーブランドで勤めた後に独立。ジュエリーデザイナー 、コラムニストとして活動中。