あなたはどちらだろうか?
美しい景色や文化を求め、自らの足で現地を旅する人だろうか?それとも、検索窓に世界遺産のワードを打ち込んで、手軽に画面上の旅を楽しむ人だろうか?どちらも一長一短あるものの、絵画や彫刻といった芸術作品を映像の中で見るということは、後者に非常に近い。

6月23日(土)から東京・東銀座東劇など全国各地で公開予定の『アート・オン・スクリーン』シリーズは、しかしながら、そんな映像の中で見るアート作品の限界に挑戦している勤勉なる意欲作である。

クロード・モネ『印象、日の出』, 1892年

6月『ミケランジェロ:愛と死』、7月『私は、クロード・モネ』、10月『フィンセント・ファン・ゴッホ:新たなる視点』と、立て続けに3作の公開が決まっているこの『アート・オン・スクリーン』シリーズ。

列挙されたあまりにも有名な巨匠たちを前に、今更感が頭をよぎるのは私だけではないはずだ。近年では芸術家を扱った映画作品もバリエーションが増え、ゴッホの数奇な運命を彼の絵画を元にした油絵風のアニメーションで全編描き切った『ゴッホ 最期の手紙』(ドロタ・コビエラ、ヒュー・ウェルチマン監督)のような、実験的かつ創造的な傑作も次々に作られている。

そんな中、改めて誰もが知る巨匠たちに光を当てることに、果たしてどのような意味があるのか些か疑問であった。それに、このシリーズの封切りとして公開されるのは、万能の人として多くの肩書を持ちながらも、自身も本業とみなしていた“彫刻家”ミケランジェロである。二次元である映像の中で見る彫刻作品ほど、彫刻の持つ質量や触感、ダイナミズムといった特性を霞ませてしまうことはないと考えるからだ。

『ダヴィデ』アカデミア美術館(R)デビッド・ビッカースタッフ

しかしながら、『ミケランジェロ:愛と死』を鑑賞し、すべての思いは杞憂に終わった。今回の『アート・オン・スクリーン』シリーズは、誤解を恐れず言うならばもはや映画ではない。むしろ痒いところにまで手が行き届いた“映像で体験する美術館”といった新しい試みだ。更に美術館で彫刻を鑑賞すること以上に、作家の生い立ちや背景、彼らが生きた時代と作品の関連性が、専門家独自の解説が挟み込まれることによって、シームレスに繋がっていく感覚がある。 彫刻作品そのものの立体感を見せるというよりはむしろ、その前後にある作品鑑賞だけでは見えてこない、作家の魂や生き様といった、形のない/触れることのできないものが徐々に立ち現われてくる。

映像という二次元の作品の中で三次元の彫刻を見せるマイナス面を逆手に取り、多角的な視点で彫刻に光を与え、実物を鑑賞するよりも更にビビッドな陰影を落とすことに成功している。そこには、私達が既に知っている、と思いこんでいたミケランジェロの新たなる一面も見事に照らし出されていた。

インスタ映えのため、現地に足を運ぶ人が増えるといった奇妙なねじれ現象が起こっている現代、実物のアート作品に対峙するという経験とは別の、映像内における芸術鑑賞といった新しい形を今後『アート・オン・スクリーン』が担っていくのかもしれない。

フィンセント・ファン・ゴッホ(1853 – 1890)『ひまわり』1889年 アルル(C)ファン・ゴッホ美術館

アート・オン・スクリーン2018年ラインナップ 全3作品概要

『ミケランジェロ:愛と死』 (Michelangelo: Love and Death)
監督:デイビッド・ビッカースタッフ
制作年:2017年 (約90分)
ヨーロッパ各地の製図室から、バチカン、ローマ、フィレンツェの美しい教会、美術館を巡り、ミケランジェロの波乱の人生を追体験できる、ルネサンスの巨匠に捧げる作品。ミケランジェロ本人の言葉や専門家の解説により、ミケランジェロが残した傑作を通じて彼の謎めいた人生に迫る.

『私は、クロード・モネ』(I, Claude Monet)
監督:フィル・グラブスキー
制作年:2017年 (約90分)
世界でもっとも人気がある芸術家であることは疑う余地がないモネ。彼が残した2500通を超える手紙や彼自身の言葉を通して、今まで知られていないかったモネの一面に迫る。モネは印象派を生み出す傑作を描いた画家であると同時に、19世紀~20世紀初頭の画家たちにもっとも影響を与えた画家の一人だ。本作は西洋美術史上最も愛されたモネが活躍した時代の背景を、象徴的に新鮮かつ繊細に描き出す.

『フィセント・ファン・ゴッホ:新たなる視点』(Vincent van Gogh: A New Way Of Seeing)
監督:デイビッド・ビッカースタッフ
制作年:2015年 (約90分)
長い間おそらく他のどのアーティストよりも、ゴッホの人生は人々のイマジネーションを深く刺激し続けてきた。ゴッホの悩ましくも輝ける人生を深く掘り下げ、彼の人生を一緒に味わえる本作では、ゴッホ美術館のキュレーターの独占インタビューも盛り込み、今までにないゴッホの世界を紹介している。

【公式HP】 artonscreen.jp
(配給・宣伝)ライブ・ビューイング・ジャパンxカルチャヴィル


大浦光太 | 脚本家
東京芸術大学大学院映像研究科映画専攻脚本領域卒。脚本で参加した『THE DEPTHS』(10/濱口竜介監督)が第11回東京フィルメックス特別招待作品として上映される。
脚本を手がけた主な映画は『クジラのいた夏』(14/吉田康弘監督)、『ポンチョに夜明けの風はらませて』(17/廣原暁監督)など。TVドラマは「スイッチガール!!2」(12~13/CX)、「プラージュ~訳ありばかりのシェアハウス~」(17/WOWOW)など。