「え!そんなに強くバラの香りがしますか?もう匂いもわからなくなっちゃいます」と話すのは、完全オーダー制の花屋『ŒUVRE(ウヴル)』の田口一征さんと岩永有理さん夫妻。

季節を象徴するものは必ず置くようにしているという品川区にあるアトリエは、倉庫のようなインダストリアルな室内に、優しい香りの黄色い木香薔薇が大きなバケツ二つに無造作に入られ、真っ白な長い台の上には、ガラス瓶に活けられた季節の花がたくさん並んでいた。

「花は論理的なものじゃなくて、ダイレクトに美しいって感じるのがいいなと思います」と言うお二人に、考えすぎてしまう時代に、考えないでただ美しい、と思えるものである『花』についてお伺いしてみた。

花屋ŒUVRE(ウヴル)の歴史について教えてください。

田口さん:夫婦で一緒にやり始めたのはここ2年くらいなんです。それまでは別々の仕事をしていました。出会いは18とか19歳の頃で、洋服の専門学校の同級生でした。一緒に1年間日本で勉強した後、同じ時期にパリに留学しました。僕は途中で学校を変わったので、同じ学校ではなかったのですが行ったタイミングが一緒だったので仲良くなり、パリで付き合い始め、今に至ります。元々僕は服飾デザイナー志望でしたが、ファッションをやりながらアクセサリーの方に進んでいったので、ファッションデザインナーとして仕事をしたことはありません。パリに4年住み、帰国後はアルバイトなどをしながらOEMでブランド向けの小物やアクセサリーを作っていました。

アクセサリーは彫金とか、シルバーが多かったです。石とか銀も自然のものを扱うことが多かったのですが、手仕事感が出るものが好きでした。モチーフも花や虫など、自然の暖かさが残るものを作っていたんですね。そんな中、植物を調べる機会が多くなっていたのですが、調べたい花の名前がわからないことが多々あり、花の知識をつけたいと思うようになりました。その頃たまたま素敵だなと思っていた花屋さんがアルバイトを募集していたので、面接をしてみたら受かってしまいまして。最初はアクセサリーと花屋と両立していたのですがお花屋さんが忙しくなり・・というかお花が面白くなってきてしまって、自然とこちらの道に行きました。生き物を扱う難しさはありましたが、思い通りにいかないのが面白くて。そのお花屋さんでは5年半勤務したのですが、花漬けの日々でした。今は独立して3年半になります。

岩永さん:私はオートクチュールファッションや刺繍の勉強をして、日本に戻って来てからはアパレルの販売やOEMで洋服のデザインをした後、アパレルブランドのウェディングの仕事につき、ドレスやアクセサリーのコーディネートやアドバイスなどをしていました。お花はもともと好きだったのと、田口がいつかは独立をしたいと言っていたので、いずれは一緒にやりたいなという思いはありました。当時はうつわにも興味があり、一緒にお花をやるならば花器などもやりたいなと考えるようになりました。その後田口が独立をしたタイミングで私も退職しウヴルに入り、そのタイミングでお店も閉めて、オーダー制のいまのスタイルになりました。元々服をやりたいと思ったのも、自分が作るもので誰かを喜ばせたいという思いがあったからなので、それが服ではなく花で実現したという感じですね。

お店というのは、レインボー倉庫のことですよね?

田口さん:はい。花屋に勤めている時にレインボー倉庫のことを聞き、独立する際は借りて店を始めたいなと思い、退職の旨を勤務していた花屋に伝えてから、レインボー倉庫を借りて並行して準備しました。年末前の寒い時期に2x3mくらいの小さなスペースに引っ越しをしました。

岩永さん:私も当時はアパレル会社に勤めていたので、仕事帰りに壁塗りにいったり、休みの日に手伝いに行ったりしました。

田口さん:レインボー倉庫自体も新しかったので、僕たちが初めての花屋でした。入居者の方は皆全員違うことをしていたのですが、コーヒー屋さんでコーヒーを飲んだり、音響をやっている方にムービーを撮っていただいたり。今もホームページに載っているビデオはその方に撮っていただいたものです。他業種の今まで関わったことがないような人たちと出会えたことはとても新鮮でした。ああいう場所ならではで面白かったですね。花屋としては最初から結局忙しかったです。ただ当時は一人でやっていたので、仕入れに行き、作り、配達し、とやっていると店を開けて要られませんでした。

店はあるのに誰もいない状態が続き、「誰か来ていましたよ」とコーヒー屋さんが教えてくれるような感じになってしまって(笑)。最初はインスタグラムなどに営業日のお知らせを出したりもしていたのですが、お客さんのためにも閉めようと決心しました。迷惑をかけたくなかったことと、注文をしてくださる方に集中したくて。結局レインボー倉庫にいたのは数ヶ月でしたが、僕にとって「きっかけ」になった場所でした。その後は完全オーダー制になりました。

店舗だと花をみながら相談できるのですが、オーダー制ですと言葉で雰囲気を伝えていただかなければなりません。完全に信用ありきの商売になります。どんなものを作られるのかわからない状態では注文は入って来ません。そういう中でオーダー制というスタイルに踏み切れたのは、SNSの存在が大きいです。僕はこういう花を作りますよ、と伝えるツールがあったからこそ成り立っていると思います。それがないとウヴルという看板を出していても僕達がどんな花を作るのかはわからない為、やはり店舗がないという状況では難しいと思います。始めた頃はインスタグラムの使い方などわからなかったのですが、レインボー倉庫のコーヒー屋さんにやったほうがいいよと教えてもらって(笑)できる限り一日一枚はあげるようにしています。

最近のオーダーのきっかけもインスタグラムが多いです。何月何日のこのブーケのようなものが欲しいというようなオーダーが多いので、ある種のカタログのようなものになっています。もちろん季節もありますので自分の載せた写真と全く同じものは作れませんが、2、3枚好きなものを選んでくだされば、なんとなく欲しいものの雰囲気や好みがわかるので。今の時代ならではと思いますね。

前職では電話で細かいやりとりをしていましたが、ピンクといっても様々な色のピンクがありますので言葉だけで伝えるのは難しいこともあります。インスタだとそのような誤解が少ないので作りやすいは作りやすいかなと思います。最近はお任せが多いので、ありがたいことに気持ちよく作らさせていただいています。展覧会や展示会だったらその内容をお伺いし、開店祝いだったら内装の写真やショップカードを拝見し、なんとなくヒントが転がっているのでそういうところから考えて作っています。

僕はアーティストではないので、相手ありき、依頼ありきの仕事なんです。相手の思いを具現化するというか。自分の主張をしたいわけではないのです。商品を際立たせたい、誰かを喜ばせたい、などお客さんが花を使いたいという動機は色々あると思います。その動機を花で形にするのが僕の仕事だと思います。クライアントさんと自然の季節をうまくマッチさせないといけないので、クライアントさんが希望していても季節によっては出来ないこともある。その時に季節に応じた色々提案をしてあげる。その中間ですよね。自然の知識の提供とデザインの提案をして、うまく作っていくこと。だから僕はアーティストではないのです。

先ほど生き物を扱う難しさがあるとおっしゃいましたが、花が生きているからこそのフラストレーションもありますよね。そういった部分について少し聞かせていただけますか?

田口さん:やはり生き物だから死ぬ。それが悲しいです。今、このアトリエにあるものは来週はない。それの繰り返しなんです。そう考えるとお花ってすごく贅沢だと思います。けれど花は物質的な豊かではなく、時間的な豊かさを演出するものだと確信しています。ウェディングブーケにしろ、送別会のお花にしろ、貰った時にはいい香りがして、それが記憶に残り、その花を何年後かに見た時に思い出すという、そういう豊かさがあると思います。形には残らないけれども記憶には残る。そういうものを作りたいという思いは常にあります。

やはり物質的な価値を求め、ドライフラワーになる、長く飾れるもの、ずっと残るものを好まれる方が多いと思います。勿論その思いもよく理解はできます。ドライフラワーも美しいですし、インテリアとして飾るのは良いと思います。ただそれは物質的な豊かさの楽しみで、僕はいま綺麗に咲いている、今生きている瞬間を楽しむのが「花」というものかなと思います。時間的な豊かさを楽しめるもの、その瞬間を豊かにするものは花と食事くらいだと思います。それをうまく伝えられるように、お花の開花調整をして、一番綺麗な時期に持っていけるように逆算したりしています。そういう意味では独特な仕事ですね。

ただ基本的に花って思いなんですよね。枯れても枯れなくても、その時の思いが大切なんです。枯れても思いの強さは変わらないんです。

岩永さん:やはり生き物ということは一番難しいことですね。一つ一つ違いますし、時間をかけすぎてはいけなかったりということもあります。でも、花の持つ色の豊かさ、生まれてくる美しさに毎日触れていても、はっと感動することがあります。田口も言っていましたが、お花って思いなんですよね。誰かから誰かへということが多いものです。私はお客様とやりとりすることが多く、どういう気持ちで送りたいとか、そういう思いをダイレクトに聞いているので、それを届けて喜んでもらえるというのは嬉しいです。

切り花は花を切って死に近づけつつ、活かしていますよね。そのことについてはどう思いますか?

田口さん:切り花に関しては賛否両論あると思います。自分でもなぜ切り花なのかと時々思います。ただ、生きていくゆえで、生死を考えるきっかけに花はすごく良いのだと思います。贅沢品とされているものなので、自分としてもこの先ずっとやっているかと言われたらわからない部分もありますよね。これからは無駄をしないようにという社会にもなってきているので、切り花にもメスが入れられるようになるのかなと興味深く思います。ただ僕は、単純に切り花がなかったら寂しい人生だなとは思います(笑)

岩永さん:田口の作る花を見ていると、花が生きてくると感じるんです。花がただ市場で売られている状態からもう一度命が宿るというか。それはすごく命を大切にしているからだと思うんです。ただ並べればいいというわけでもなく、ただ花瓶に入れれば良いわけでもなく、田口のやっていることは花を生かすとは違うことかもしれないのですが、切り花ってなくなってしまうからこそ、その短い期間に生死を考える、それを見れるというのは大事だと思います。

以前ある写真展で移民の人たちのポートレートが飾ってあり、家の様子などが撮られていたのですが、家にお花を飾っている写真が多かったのが印象的でした。どういう状況にあっても、決して食べ物とは違って必要なものではないけれども、花を飾り何かが豊かになっているんだろうなということに感動しました。無駄ではあるけど、同時に必要なもの。一回切って死に近づいているけれど、命をもらっている分、花を扱う仕事として、花を活かすということが大切だなと思います。

田口さん:この間3歳くらいの甥っ子に地元がツツジが有名なので観に行く?と聞いたら「花なんてみてどうするの?」と言われたんです(笑)。確かに観てどうすると言われても答えられないのですが、でもなんだかみたい!無条件でみたいんだ!と思いました(笑)

すごく考えさせられたというほどのものではないのですが、思ったことは、人間というものは、自分が生きている証を確認したいんですよね。古い音楽とかアンティークを好むのも、その時から時間を経て自分が存在していると確認できる。花もそう。桜は去年、今年、来年も咲く。再来年も咲くけれど、なぜか毎年みたくなる。それは存在の確認だと思うんです。桜は散ってしまったけど、また咲く。そして僕もいる。それって居心地の良い感覚なんだと思うんです。生物の本能として、生きていると感じるのって心地よいのだと思う。まあ普段はそんなことは考えないですけどね(笑)

今このアトリエにある花たちも、この形になっているのも色になっているのも生存競争の上なんですよね。自然のものはいかに虫をよせて、自分を繁栄させるかですし。黄色には黄色の理由があるし、ピンクにはピンクの理由がありますし。全てに理由があるんですね。だからこそ僕はこれをそのまま使いたい。そのまま活かすデザインを考えています。
今流行っているような色をつけられている花も使いませんし、生花にこだわっています。

花は季節ごとに変わりますが、継続したスタイルを保ち続けるポイントは?

田口さん:他の花屋の多くはスタイルがかっちり決まっている気がするのですが、僕は素材を活かすことしか考えていません。季節によって素材が変わるのでテイストも合わせて変わっていると思います。バラは好きなのでよく使いますが。僕は依頼の代弁者なので、ナチュラルなものもつくるし、スタイリッシュなものも作ります。僕にとっては素材を活かしたものなので同じことなのですが、このように決まったスタイルが無いのはちょっと稀かもしれません。

岩永さん:あえて言うと色の流れですかね。グラデーションというか。それはウヴルの世界観かなあと思います。

田口さん:そうですね、色は大切にしています。基本的に見てて疲れないもの、その場に最初からあったような、馴染むものを作りたいという思いは常々あります。

では今までの経験で、これは失敗した!ということはありますか?

田口さん:うーん、フランス語じゃなくて英語を勉強すればよかった!(笑) ただそれを否定しちゃうと妻とは出会っていないし、妻と出会っていないと花屋になっていないので(笑)。

岩永さん:そうですね、英語が喋れたらもっと広がっていたかなと思ったりしますね(笑)。子供ができたら英語をやらせたいです(笑)。

田口さん:でもやってきたことはだいたい繋がっているんですよね。ファッションを勉強したことは役立っていますし。デザインの経験があるからこそ、写真撮影一つにしても花屋としてだけではなく、多角的に見れていると思います。色々な立場になって見ることができるのは自分の強みだと思います。そういう意味では色々繋がったのはよかったなと思います。

では最後に。将来はどういうおじいちゃんおばあちゃんになりたいですか?

岩永さん:笑っていたいかなあ。シンプルだけど、ハッピーに。

田口さん:仲良くやっていたいよね。お花は体力仕事なのでやっていられるかなあ。

岩永さん:命を貰っているし、命を削ってやっている仕事ではあるかなと。

田口さん:もうちょっと田舎でのんびりの仲良くやっているといいね。花も育てたいですね。

岩永さん:好きな花を植えたいね。


花屋 ŒUVRE / ウヴル
〒141-0021 東京都品川区上大崎3-9-9 B#101
Tel. 03-6721-6779
Mail. info@oeuvre-tokyo.com
https://www.oeuvre-tokyo.com

お花のオーダー、販売について
基本的に完全予約制
ご注文・ご予約は、お電話かメールにて随時可能


松下沙花 (まつしたさか)

アーティスト。
長崎生まれ。ニューヨーク、トロント、横浜育ち。
Wimbledon School of Art (現ロンドン芸術大学ウィンブルドンカレッジオブアート)の舞台衣装科で優秀学位を取得。その後Motley Theatre design Courseで舞台美術を学ぶ。大学院卒業後はロンドンにてフリーのシアターデザイナーとして映画、舞台、インスタレーションプロジェクトのデザインを手がけた。2012年より個人プロジェクトの制作を始め、現在は東京をベースに活動を続けている。
www.sakamatsushita.com
instagram: @sakamat