フェミニズムの台頭とともに、セクシャル・フルイディティ(性の流動性)も時代のキーワードになった。セクシャル・フルイディティが浸透したのはGucciの功績と言っても過言ではないだろう。当時クリエイティブディレクターに就任したばかりのアレッサンドロ・ミケーレが2015年に発表したコレクションは、斬新なジェンダーレスを全面的に打ち出して世界に衝撃を与えた。リボンが付いたブラウスを男性モデルが着用していたり、マスキュリンなシルエットのスーツに身を包んだ女性モデルが登場したり(下記映像上段)、広告を見ても一見、男女の見分けがつかないビジュアルだ。(下記画像下段)ミケーレはデザインというツールを用いて、フェミニズムとはまた違う角度から、ジェンダーへの固定概念を打ち壊した。

セクシャル・フルイディティはGucci以外のブランドからも次々に発信され始めた。たとえばLouis Vuittonの2017年春夏用の広告(下記画像)では、男性モデル達がスカートを着用している。2015年末にCalvin Kleinが発表した香水は、ブランド初のジェンダーレスな香水だった。(下記映像下段)人気モデルのカーラ・デルヴィーニュや、リリー・ローズ・デップ(ジョニー・デップの娘)など、セクシャル・フルイディティを公言する著名人が登場し始めたのも同時期の出来事である。

近年のファッションを振り返ってみると、ジェンダーの固定観念を覆すデザインが繰り返し発表されていたことを分かっていただけたかと思う。これらのデザインを発表したデザイナーたちが全員、真剣にジェンダー問題に関心を持っていたのかどうかは分からない。単に話題性を高めるためや、流行に乗り遅れないためにフェミニズムやジェンダーレスの要素を盛り込んだデザイナーも多数いただろうと推測する。しかし、ファッションが持つ影響力によって確実に、急速に、ジェンダーに対する人々の意識は変わっていった。

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ファッションの影響力について少し噛み砕いてみると、たとえばパリコレで発表されたデザインはまず、瞬く間にSNSを駆けめぐって世界中に広がる。それから雑誌やテレビなどの媒体を通じて繰り返し人々の目に焼き付けられる。そしてハイストリートブランドがこぞって安価な類似商品を売り出し、何気なく購入して着用している人たちが街に溢れる。この段階まで来ると、ファッションを通して発せられたメッセージは日常に溶け込み、ファッションに関心が無い人でも気づかぬ内に影響を受けている可能性が高い。

さらに着目すべきなのは、パリコレのようなハイファッションは人々が憧れる対象になるため、人々の意識を変えるには非常に有効なツールになるという点だ。憧れに近付くためなら人々は積極的に自分を変えようとする。最新のファッションに憧れて、当初は表面的にフェミニズムやセクシャルフルイディティを取り入れていた人も、何度も繰り返す内に、表面的だったものが根を下ろし始めて当たり前になり、結果として意識の変化をもたらすとは言えないか。ジェンダー問題を提起していたのはもちろんファッション業界だけではないが、ファッションが持つ力は意識改革を促す起爆剤になったように思える。このような社会的背景がなければ、もしかすると#MeTooはここまでの市民権を得られなかったかもしれない。

時代の空気を読み取り、更にそこから社会に提言を投げかける働きをしたという意味で、上記に挙げたようなデザインをrelavantだと表現することができる。見た目や機能性が優れたものを良いデザインとするのに対し、relevantはそこから一歩踏み込んだ、社会的に意義を持つデザインと言えるかもしれない。ではなぜrelevantであることが必要なのか?ファッションのように人々に与える影響力が大きいデザインは、社会に対して道義的責任を負うからではないだろうか。Relevantとは、この責任をしっかり果たしているという事なのかもしれない。


村井 美香

1986年生まれ。大阪府出身。15歳の時に単身渡英。ケント州の高校をオールAの成績で修了した後、ロンドンの名門美術大学Central Saint Martins College of Art and Designに進学。その後、Kingston大学大学院に進み、首席で卒業。英国王室御用達のジュエリーブランドなど、様々な有名ブランドでデザイナーとして経験を積む。帰国後は国内の某ラグジュアリージュエリーブランドで勤めた後に独立。ジュエリーデザイナー 、コラムニストとして活動中。