良いデザインとは何だろうか。

デザインの良し悪しには様々な尺度があり、個人の価値観によっても異なるために一概には言えないが、「見た目が美しい」「使いやすい」というような基準によって定まるのが一般的だろう。しかしイギリスにいた頃は、これらの他にも「relevant」という基準があった。15年間イギリスで暮らす中で、relevantはごく普通の会話に度々登場した表現であり、一般的に浸透している価値基準だったのは間違いない。

Relevantは「関連している」という意味だが、デザインを語る上では「時代に呼応している」というようなニュアンスで使われる。ビシッと当てはまる日本語表現が思い浮かばないのはもっともな話で、デザインにおけるこのような概念は日本に存在しないように思われる。筆者は日本に帰国後、某ブランドでデザイナーとして勤務していたが、ずっと感じ続けていた違和感の正体は、relevantという価値観の欠如だった。文化の差と言ってしまえばそれまでだが、興味深いポイントだと思うので、relevantなデザインについて掘り下げてみようと思う。ちなみにrelevantは、デザインのみならず音楽や映画など、広範囲の事象に対して使用できるが、今回は分かりやすい例として、対象をファッション関連のデザインに絞って話を進める。

ロンドンでデザイナーをしていた頃、オフィスにはトレンドに関する書籍が何冊も置いてあり、新しいコレクションをデザインする時には必ず参考にしていた。これらの書籍はトレンドフォーカスト(流行予測)エージェンシーが定期的に出版していて、辞書のように分厚い中身には、ありとあらゆる素材、テクスチャ、造形、色の組み合わせなどの提案が詰まっていた。このようなエージェンシーに勤めていた女性に、トレンドはどのように予測されているのかを尋ねてみたことがある。彼女によると、トレンド予測は膨大な社会的データに基づいて行われるそうだ。たとえば、その年にあった大きな出来事(事件、政治、エンターテイメントなどあらゆるジャンル)による人々への心理的影響を分析したり、道行く人達のストリートスナップを何万枚も収集して傾向を調べたりして、時代の空気を徹底的に読み解くそうだ。そしてその空気を感じている人たちは、どのような要素を含むデザインに対して好印象を抱く確率が高いのかを導き出すのが彼らの仕事だ。

新商品が出るまでのサイクルが早いファッションの世界では、ヴィジュアルや機能性以外にも時代の空気感を積極的に取り込んで、より多くの人々の購買意欲を刺激する商品開発をしていると言える。しかし、relevantなデザインというのは、時代を反映させているだけではなく、そこからさらに提言を投げかけて、社会に影響を与えていくという側面があるように思う。社会とデザインの間を何往復もするうちに、時代のイデオロギーが形作られ、精査されていくイメージだ。

たとえば、最近ようやく日本でも火が付きつつある#MeTooだが、この運動の発端になったのはニューヨークタイムズ紙が掲載したハーヴェイ・ワインスタイン氏を告発する記事で、これは昨年10月5日の出来事だった。世界中でジェンダー問題への取り組みが活発化するキッカケになったが、ファッション業界では何年も前からジェンダーに関する議論が繰り返し行なわれてきており、#MeTooが受け入れられる社会の土壌作りには、ファッションも一役買っていたと考えられる。

2014年9月30日におこなわれたChanelのショーでは、モデル達が女性解放運動さながらのプラカードを掲げてデモ行進する演出が話題を集めた。このショーが行われた10日前には、エマ・ワトソンがニューヨークの国連本部で、性差別をなくす「HeForShe」キャンペーンの開始を宣言するスピーチを行なっていたのだが、(Chanelがフェミニズムという時代の空気を感じ取ってショーに反映させたのは明らかだ。ショーに登場したプラカードの中には「HeForShe」の文字も見て取れる。

2013〜2014年はフェミニストを公言する著名人が増え始めた時期だった。人気歌手のビヨンセは、2013年に「Flawless」という曲をリリースしており、この曲の中にはチママンダ・ンゴズィ・アディーチェによる「We should all be feminists」と呼ばれるスピーチがサンプリングされている。2014年には人気歌手のケイティ・ペリーが、「今まではフェミニズムの意味をよく理解していなかったけど、自分もフェミニストだということが分かった」と発言している。それまでは「フェミニスト」という言葉になんとなく抵抗を感じる人が多かった世の中が、少しずつ変わり始めた。

2014年末にノーベル平和賞を受賞したのは、女性教育の権利を訴え続けてきた、パキスタンのマララ・ユスフザイだ。続々とハイブランドがフェミニズムを掲げ始め、2016年9月に行われたChristian Diorのショーでもモデルが「We should all be feminists」と書かれたTシャツを着ていた。このTシャツは大流行し、当時SNSを開けば必ず目にするアイテムだったが、このようなデザインが発表されるたびに、フェミニズムについての議論がなされて、感化される人が増えていったように思う。個人的にはこの頃に、イギリス人の同僚とフェミニズムについて話した記憶がある。それまではオフィスでそんな話題になることがなかったので、気軽に話せるトピックになったという時代の変化を象徴する出来事だった。

…Feminist is a recurring word for #MariaGraziaChiuri. #DiorSS17 #PFWSS17

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後編に続く: Relevant :時代に呼応するデザインとは 後編「より良い社会を創るために」

村井 美香

1986年生まれ。大阪府出身。15歳の時に単身渡英。ケント州の高校をオールAの成績で修了した後、ロンドンの名門美術大学Central Saint Martins College of Art and Designに進学。その後、Kingston大学大学院に進み、首席で卒業。英国王室御用達のジュエリーブランドなど、様々な有名ブランドでデザイナーとして経験を積む。帰国後は国内の某ラグジュアリージュエリーブランドで勤めた後に独立。ジュエリーデザイナー 、コラムニストとして活動中。