昨年11月にオープンしたルーブル・アブダビ。計画発表から実に10年もの歳月をかけて完成したこの美術館は、パリのルーブル初の分館としても話題だ。度重なる開館予定日の延長に、総工費は当初の予算6億5千万ドル(約700億円)を大きく上回り、1000億円以上かかったと噂だが公表されていない。

美術館があるサディアット・アイランド地区は、アブダビの中心地から車で10分、ドバイからも車で1時間半のアクセス。中核となる文化芸術地区は、アブダビとアラブ首長国連邦の観光の将来を担う政府肝いりの地区だ。

オープニングセレモニーには、フランスのマクロン大統領が出席、両国間の架け橋となるルーブルの分館の誕生を盛大に祝福した。というのも、ルーブル・アブダビはパリのルーブル美術館と10億ドル(約1,100億円)以上もの契約を結んでおり、今後30年間の専門家派遣、研修、美術品の貸し出し、展示会の企画などを手掛けるから。フランスとアラブ首長国連邦両国が本気で取り組んだ巨額のプロジェクトだということをうかがわせた。

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迷路のようなアラブの街並みをイメージした館内は、すべて形状が異なる部屋で構成されている。紀元前6世紀のスフィンクス像、ゴッホの自画像、ピカソやゴーガンはもちろんのこと、アメリカ、日本、現代中国の作品が並び、有名作品も多い。600点の展示品のうち、半数はパリの美術館からの貸し出し。それに独自の収蔵品と中東諸国の機関からの貸し出し品で構成されている。なかでも人気はナポレオンの肖像画。2メートル以上ある大きなキャンバスの前で、地元の若者が自撮りを楽しんだり、黒いベールの女性たちが仲間同士で写真を撮り合っている姿を見かける。

また世界最高額かつ謎の落札として話題になったレオナルドダヴィンチの作品も、ここルーブル・アブダビで公開予定だ。キリストを描いたこの絵画は、1958年にただのコピー作品だとして当時60ドル(現在の価値で約1万3000円)で買われた後、2005年まで行方不明に。2011年に本物と鑑定結果が出ると、2015年のオークションでロシアの実業家が1億2千万ドル(約130億円)で落札。しかしこの額は不当に高額であるとして購入者がスイスのディーラーを訴えるなど、数奇な運命をたどった作品。そして昨年の11月にニューヨークのオークションで、絵画の最高取引額記録となる4億5千万ドル(約500億円)でサウジアラビアの王子が購入したことで大騒ぎになった。なぜならばこの王子、表舞台に登場したことがなく、無名の人物であったからだ。

何のための購入か?どこへ行くのか?と世界中がざわついた1か月後、ルーブル・アブダビがSNS上で「ダヴィンチの絵画が美術館へやって来る」と発表、ついにその行き先が判明したというもの。公開の詳細についてはまだ発表されていないがここで観覧できることには間違いない。

アラブの産油国らしい派手なエピソードの作品に目を奪われがちだが、館内は時系列順に国境や宗教を超越した充実の内容。西洋と東洋、キリスト教とイスラム、仏教美術が肩を並べる、中東初のユニバーサルな美術館を体現した。空調の効いた館内は2時間ほどでゆっくりと鑑賞できるのもうれしい。また屋外の海へとせり出た部分には小さな音楽堂やステージが併設されていて、屋内と屋外、静と動、両方のアートが体験できる。

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さて実はこの美術館の最大の特徴は建物の美しさにある。10年前すでに完成予想図だけで人々を魅了していた建築は、フランスの巨匠ジャン・ヌーヴェル氏の設計。この地域独特の青い空と強い日差しに映える白と、近未来を感じさせる鋼鉄を組み合わせたシンプルなもの。現地に到着するなりその美しさは圧巻だが、展示を鑑賞し終わって一歩外に出た半屋外が一番の見どころ。今までに見たことがないほど美しい光景に誰もが心奪われる。鋼色のドーム型天井で覆われた一面真っ白な世界に、モザイク模様に入り組んだ鉄鋼の高い屋根から差し込む太陽の光はスポットライトのよう。目の前に広がる夢のような光景は、これまでも市内に林立するデザインの美しいホテルや建物を見てきた地元在住者さえ思わず感嘆の声をあげてしまうほど。アラブの強い日差とオアシスに生えるヤシの木の葉陰をイメージしたと言い、人工的な鋼鉄の間から差し込む光はまさに木漏れ日。また白色が足元にまで迫るエメラルドグリーンの海によく映え、異国情緒を通り越し、異次元に迷い込んだかと錯覚するほど印象的だ。

今後この地区にはグッゲンハイム美術館、舞台芸術センター、国立博物館が完成する予定。アラブ首長国連邦のビジネスハブとして栄えてきたアブダビは近年、観光事業へのインフラ整備にも注力している。ヨーロッパへのアクセスも至便な上アメリカやアジア、日本からの直行便も就航している。美術館巡りに日本からアブダビ、パリ、ニューヨークと旅するのもとびきり贅沢で楽しそうだ。

【information】
Louvre Abu Dhabi
Saadiyat Cultural District, Saadiyat Islnad – Abu Dhabi, United Arab Emirates
Tel: +971 600 565566
開館時間 10:00-20:00
週末(木・金)は22:00まで / 月曜閉館
入場料 大人60Dhs(約16ドル)
www.louvreabudhabi.ae

Yukari Isemoto

航空会社、ホテル勤務の後、転勤でヨルダン暮らしをスタート。のちにドバイ、上海、蘇州を経由し現在は北京在住。働き、生活しながら見えてくる地元のカルチャーやライフスタイルを中心に執筆中。雑誌、機内誌、機関誌等に寄稿。