ストックホルム生まれのデザイナーであり、陶工としても活動しているインゲヤード・ローマンさん。日本とスウェーデンの外交関係樹立150周年を記念して、日本で初めての大規模な展覧会が東京国立近代美術館工芸館で行われている。使い心地と機能性を追求し、高い美意識に基づいて作られたガラス食器や陶磁器は、スウェーデンの老舗ガラスブランドにデザインを提供するほか、 イケアや木村硝子店とのコラボレーション、スウェーデン国立美術館などでも展示を行い、国際的なアワードも多数受賞している。展覧会のため、来日中の彼女にインタビューした。

Photo by Junko Yoda

インゲヤードさんは現在、ストックホルムに工房を持ち、スコーネ地方に昔の学校を改築した自宅と陶芸工房をかまえている。ストックホルムから、南西へ約500km離れたスコーネ地方は、山や海もあり自然溢れるのどかな場所。そこで、料理やガーデニングを楽しみ、ロクロをひねり作品を制作する創造的な暮らしを営まれている。

毎日の暮らしの中で、大事にしていることはどんなことでしょうか?

「私にとってキッチンが一番重要な場所です。料理も作るし、長いテーブルを囲んで友人や家族と集まり、食事や会話をすることを大切にしています。テーブルの対面の幅が80cmなので、向かいに座る相手との距離が近く、密着感に話も弾みます。家と工房を繋ぐ部屋にはベッドが置いてあるのですが、そこで休んでいると、家族が料理したり話し声が聞こえてきたり、生活の気配を心地よく感じています」

そう話しながら鉛筆を手に取ると、自宅と工房の間取りを書いてくれた。1階には、キッチンとダイニングルームのある広々とした空間と、工房に繋がる部屋があり、作陶できる工房、天井を超えて2階の寝室まで届く、白くモダンなデザインのストーブがある。今回の展示会場のデザインを手掛けた、建築家グループのCKRが若い頃に設計したものだそうだ。

「スウェーデンの冬はとても長くて寒いので、暖炉は欠かせません。パチパチと薪が燃える音を聞き、炎を見つめていると、人間にはコントロールできないような力強さを実感しますね」

Photo by Junko Yoda

普段は黒い洋服を着ることが多く、イッセイミヤケなどを愛用しているというインゲヤードさん。シワになりにくく、ボリューム感のあるフォルムがお気に入りだという。

日本のデザイナーで気になる方はいますか。

「三宅一生は洋服のデザインだけではなく、21_21などの空間作りにおいても尊敬しています。安藤忠雄の建築も好きです。一緒に有田焼の仕事をしている柳原照弘さんも。また、名前はわかりませんが、若い世代のデザイナーたちは自分と全く違う思考で物を作っているので、興味深いですね」

日本での活動は、2016年に有田焼創業400年事業として「2016/プロジェクト」に参加し、「茶」をテーマにした「ティー・サービス・セット」を発表。2017年には木村硝子店と、重ねた時に蓮の花をイメージした「THE SET」をデザインしている。

様々なコラボレーションを手掛けられていますが、作品を作る際に、職人と信頼関係を結ぶために気にかけていることは何ですか。

「新しい人と出会う時は、一緒に食事をしながらコミュニケーションを通じて、なんとなくその人が何を考えているかを感じ取ります。こんなことを考えてるんだろうな、と思ったことを質問したり。ものづくりにおいて大切にしていることは、素材や、すでにそこで培われてきた技術、彼らの持っているクオリティを尊重しながら、私がデザイナーとしてより良いものをデザインすること。お互いに良き繋がりを育むということですね。絵付けの作業では、ガラスにラインを施すことや、サンドブラストを掛けて研磨することもありますが、自分が手を加えるのならば、器の持つ本来の魅力を失くすことなく一体感のある作品を作りたいと心がけています」

作品を極めて簡素に削ぎ落とすことの本質には、思想や文化から影響を受けることはありますか。

「特にありません。スピリチュアルなことよりも、単純に自分が好きなものを作っています。たまたま私がやっていることを他人がミニマルと言葉にするだけで、自分自身はミニマリストだとは思っていません。若い頃から、シンプルなものが好きで作り続けてきましたが、当時スウェーデンのガラスデザインは、装飾が煌びやかなものが全盛だったので、私の作品が受け入れてもらえないこともありました。しかし、自分の意思を譲らず、ずっと好きなものを作り続けきました。それが、いまの時代に合ったような気がします」

Photo by Junko Yoda

近年は、イケアのためのインテリアデザインや建築家との協働プロジェクトなど、世界各国のクライアントと交流されていますが、SNSやトレンドを意識することはありますか。

「1年くらい前にインスタグラムにポストしたまま、止まったままです。孫(1996年生まれ)が色々とやっているようだけど、私にはやる時間がないですね。最近ちょっとやろうかなと思っています」

これまでの人生に訪れる大きな転機はありましたか。また、それをどう捉えて行動されてきましたか。

「大きな転機は色々ありましたが、乗り越えてきました。小学生の頃、字を書くことが得意ではなったのですが、理解ある教師と出会い、どうやって生きていくか考えるきっかけとなりました。ハンディキャップだと思われることを乗り越えて、自分の意思をきちんと持ってないといけないと感じました。文字が書けないとなると、言葉やコミュニケーションで、意思疎通を図る必要があります。そこで私は、手を動かすクラフトの道を進むことになりました。今も常にポジティブに物事を捉えています」

制作において、健全な精神と健康な身体のバランスを保つために心がけていることはありますか。

「精神面においては、両親が敬虔なプロテスタントだったので、決まったルールの中で縛られて重荷になることもあったかもしれません。今は、考え事をしながら、だいたい6、7キロくらい毎日散歩しています。行き詰まってしまった時は、ひとまず悩みの種は放っておくようにしています。作陶は体力を使うので、最近は背中が痛くて身体の悲鳴が聞こえてくることもあります。ストックホルムとスコーネの二拠点生活により、長年連れ添っているパートナーとも信頼できる良い関係を保てていますね。年齢を重ねていくといろんなことがありますが、日々の暮らしの中で、喜びと楽しみを持つことです。それが心身ともに健康でいられることの秘訣ですね」

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日本・スウェーデン外交関係樹立150周年 インゲヤード・ローマン展

会場:東京国立近代美術館工芸館
会期:2018年9月14日(金)〜2018年12月9日(日)
開館時間:10:00〜17:00 ※入館は閉館30分前まで
休館日:月曜日(10月8日は開館)、10月9日(火)
観覧料:一般600円(400円) 大学生400円(200円)
※( )内は20名以上の団体料金。及びキャンパスメンバーズ特典料金。

藤岡 茜

文章と金属制作