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		<title>フェミニストで反ファシスト……ムーミン作者のトーベ・ヤンソン、実はこんな人</title>
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		<pubDate>Wed, 24 Jan 2018 00:00:27 +0000</pubDate>
		<dc:creator>NewSphere</dc:creator>
		<category><![CDATA[Culture]]></category>

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		<description><![CDATA[　先の大学入試センター試験の地理の問題に出題され、にわかに注目を集めているムーミン。フィンランド生まれで、丸い体につぶらな瞳が特徴の愛されキャラだが、作者のトーベ・ヤンソンは、ムーミンのイメージから想像できないプログレッ [&#8230;]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div class="wprt-container"><p>　先の大学入試センター試験の地理の問題に出題され、にわかに注目を集めているムーミン。フィンランド生まれで、丸い体につぶらな瞳が特徴の愛されキャラだが、作者のトーベ・ヤンソンは、ムーミンのイメージから想像できないプログレッシブな女性だったとされている。</p>
<p><strong>◆ファシストを見つめるムーミン。戦争批判の風刺画から世界的人気者に</strong><br />
　トーベ・ヤンソンは、1914年にフィンランドのヘルシンキで生まれた。父はフィンランド人、母はスウェーデン出身で、どちらも芸術家であった。英<a href="https://www.prospectmagazine.co.uk/magazine/the-dark-side-of-the-moomins" target="_blank">プロスペクト誌</a>によれば、ヤンソンは学校が嫌いで、絵を描くことに力を注いだという。</p>
<p>　13才の若さで初のイラスト入りストーリーが雑誌に載り、翌年からは風刺画も書くようになった。戦争を嫌うヤンソンは、雑誌「ガルム」に独裁者を批判する絵を描いた。後に太ったコソ泥としてヒットラーを描いたことで、「親しい国（ドイツ）のリーダーを侮辱するもの」として、編集者があやうく告訴されそうになったというエピソードもある。この絵の中で、ヒットラーの愚行を片隅で見つめる存在として、初期のムーミンが登場している（<a href="http://www.nybooks.com/daily/2017/11/14/tove-jansson-beyond-the-moomins/" target="_blank">ニューヨーク・レビュー・オブ・ブックス</a>、以下NYR）。</p>
<p>　ヤンソンは15才で学校を去り、ストックホルム、ヘルシンキのアートスクールで絵を学んだ。その後パリに渡り、印象派の作品に出会い、1930年代から1940年代前半は、マティスなどに強く影響を受けている。順調に画家の道を歩んでいたが、戦時中のインスピレーションのなさに苦しみ、逃げ場を求めて描いたのがムーミンだったとプロスペクト誌は解説している。</p>
<p>　ムーミン小説は全9作で、第1作「小さなトロールと大きな洪水」は、1945年に出版された。幼いムーミンとムーミンママが自然災害と戦う物語で、プロスペクト誌は、戦争へのアレゴリー（寓意）をこめた作品だとしている。その後はムーミン人気に火が付き、書籍はこれまで世界44ヶ語で翻訳され、1500万部以上が販売されている。新聞の連載漫画にもなり120紙に掲載され、テレビアニメ、映画、テーマパーク、キャラクターグッズの販売などで不動の人気を築いている（NYR）。</p>
<p><strong>◆固定観念を否定し、女性の強い生き方を表現</strong><br />
　<a href="https://www.theguardian.com/lifeandstyle/2017/sep/26/moomins-tove-jannson-feminist-oxfam" target="_blank">ガーディアン紙</a>は、ヤンソンにはフェミニスト的な一面があったと述べる。自ら「フェミニスト」と名乗ることはなかったが、女性は家にいて子育てをすべきというような、社会が求める女性の生き方にチャレンジを挑んだ人だったと、姪のソフィア・ヤンソン氏は話す。必ずしも簡単な選択をせず、慣習に逆らって普通と異なる自分を求めたとしている。</p>
<p>　ムーミン・シリーズに登場するキャラクターたちも、強い女性たちが多いとガーディアン紙は指摘する。率直な物言いをするちびのミーや、冷静で自信に満ちたムーミンママがその例だ。やさしいムーミンママはフェミニストには見えないが、そのモデルはヤンソンの母親で、彼女こそがアーティストとしての熱い職業倫理をヤンソンに教えた人だと、姪のソフィア氏は述べている（同紙）。</p>
<p>　当時違法とされていたレズビアンであったヤンソンにとって、ムーミン・シリーズは、自分の愛する女性たちに敬意を表する場でもあったと、ガーディアン紙は述べる。いつも離れずに一緒のトフスランとビフスランのモデルは、ヤンソンと当時のパートナー、ヴィヴィカ・バンドレルだったとされる。後にパートナーとなったトゥーリッキ・ピエティラは、ムーミンの心配を和らげ自立を促した楽観的なキャラクター、おしゃまさんのモデルだった。</p>
<p>　強い女性やキャラクターから支えられたヤンソンの人生は、常に大胆な決断に満ちていたという。戦争に反対し、結婚や家族を持つことを選ばず、ディズニーからのムーミン・ブランド買収も拒否したヤンソンは、小説家、画家、デザイナー、実業家として、自分の信念を貫いたとソフィア氏は回想している（同紙）。</p>
<p><strong>◆ムーミン成功への苦悩。芸術家ヤンソンへの再評価の動き</strong><br />
　ヤンソンは「半分禁じられた、快楽じみた趣味」であったムーミン・シリーズの成功を最初は喜んでいたという。しかしムーミン人気は、アーティストとしての自分を覆い隠す結果となり、ヤンソンの気持ちは暗く沈んでいったという。1959年には、ムーミンとの関係が「ぼろぼろの結婚のようになり始めた」と語り、ムーミンを描く際に憎しみをも感じ始めたと告白している（プロスペクト誌）。</p>
<p>　1970年代になると、ヤンソンはムーミン・シリーズを完結させ、大人向けの小説や絵画の制作に力を入れた。10代のときから2001年に亡くなるまで、ヤンソンは多様な作品を残しており、NYRによれば、ムーミンを越えたところでの、芸術家ヤンソンへの注目が近年高まっているとのことだ。</p>
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