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	<description>世界と繋がるミレニアル世代に向けて、国際的な視点・価値観・知性を届けるメディアです。</description>
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		<title>「シン・シティ」に生きるエルヴィス・プレスリーたち</title>
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		<pubDate>Sun, 10 Sep 2017 01:00:11 +0000</pubDate>
		<dc:creator>NewSphere</dc:creator>
		<category><![CDATA[Culture]]></category>

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		<description><![CDATA[【ラスベガス・AP通信】　エルヴィス・プレスリーは40年前に亡くなったが、ラスベガスでは今も彼の遺産が生き続けている。 　カジノの会場や結婚式の礼拝堂、ストリートステージで、エルヴィスに扮装する人がラスベガスのキッチュ（ [&#8230;]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div class="wprt-container"><p>【ラスベガス・AP通信】　エルヴィス・プレスリーは40年前に亡くなったが、ラスベガスでは今も彼の遺産が生き続けている。</p>
<p>　カジノの会場や結婚式の礼拝堂、ストリートステージで、エルヴィスに扮装する人がラスベガスのキッチュ（通俗）として残っている。彼らは派手なジャンプスーツ、サングラス、サイドバーン（もみあげ・ほおひげがつながった、顔の毛のスタイル）のかつらで着飾っている。</p>
<p>　最近開催されたエルヴィスコンベンションでは、パフォーマーたちが日本やオーストラリアからはるばるやって来て、賞金1万5千ドル（約165万円）を捧げたトリビュートアーティストコンクールで競い合った。</p>
<p><center><a href="https://cdn-newsphere.jp/wp-content/uploads/2017/09/AP17227139276309.jpg"><img decoding="async" src="https://cdn-newsphere.jp/wp-content/uploads/2017/09/AP17227139276309.jpg" alt="main" style="max-width: 500px; width: calc(100% - 2px);" /></a></p>
<div style="line-height: 150%; color: #666666; max-width: 500px; width: calc(100% - 2px);">タイラー・ジェイムス氏　 John Locher / AP Photo</div>
<p></center></p>
<p>　エルヴィスパフォーマーのタイラー・ジェイムス氏は、5歳の時に初めてグレイスランドに行き、すぐに夢中になったことを思い返している。</p>
<p>　「僕はママに、ラスベガスでエルヴィスパフォーマーとしてのショーをやりたいと言ったんだ」と彼は言った。</p>
<p>　ジェイムス氏は今やラスベガスのダウンタウンの野外ステージで週2回レギュラーショーを行っている。</p>
<p>　エルヴィスは毎年、この地で何百回もショーを上演した。ラスベガスは他のどの都市よりも大入り満員だった。「シン・シティ」（罪の街：ラスベガスの別名）と「ザ・キング」（エルヴィスの別名）は非常に深く絡み合っているため、全国のファンが彼の突然の死の後もなおも巡礼を続けた。 彼らはラスベガスにやって来て、エルヴィスの多くのトリビュートショーや、パフォーマーや彼の全盛期からのノスタルジックな思い出に浸っている。</p>
<p><center><a href="https://cdn-newsphere.jp/wp-content/uploads/2017/09/AP17227139443478.jpg"><img decoding="async" src="https://cdn-newsphere.jp/wp-content/uploads/2017/09/AP17227139443478.jpg" alt="main" style="max-width: 500px; width: calc(100% - 2px);" /></a></p>
<div style="line-height: 150%; color: #666666; max-width: 500px; width: calc(100% - 2px);">お互いのメイク直しをするエルビスパフォーマー　 John Locher / AP Photo</div>
<p></center></p>
<p>　エルヴィス・プレスリーはミシシッピ州テュペロの貧しい家庭に生まれたが、1950年代から1960年代にかけて、国際的な音楽と映画のスターになった。1977年8月16日、彼はテネシー州のグレイスランド邸で42年の生涯を終えた。 それまでに彼のキャリアには活気がなくなり、肥満や薬物乱用に苦しんだ。</p>
<p>　しかし、シン・シティにとって、彼はつねに「ビバ・ラスベガス」の賛歌を贈ったハンサムなヒップ・スイング・リップ・カーリング・クルーナー（ゆっくりしたテンポのバラードなどを、クルーニング唱法でささやくように優しく歌う歌手）なのだ。</p>
<p>　現代のエンターテインメントの首都では、プレスリーの影響力は近年衰えている。 しかし、彼はラスベガスの歴史のなかで、ライフポップカルチャーのアイコン以上の存在として残っている。</p>
<p>　今日に至るまで、「Elvis impersonator（エルヴィスの扮装者）」という言葉はラスベガスと同義語で、パフォーマーが嫌う言葉である。 彼らは むしろ「エルヴィスのトリビュートアーティスト」と呼ばれたいと思っている。</p>
<p><small>By SALLY HO and JOHN LOCHER<br />
Translated by yoppo</small></p>
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