対中国潜水艦を念頭に、日米印が合同で軍事演習 インド洋で過去最大のマラバール

flickr / US Consulate Chennai

 日、米、印の合同海上軍事演習「マラバール2017」が、インド洋のベンガル湾で行われている。10日に開幕し17日まで行われる今年の「マラバール」は、1992年の開始以来、最大規模だ。日本はここ数年、招待されてきたが今回は初めて正式参加国となり、海外からは事実上の空母だと見られているヘリコプター搭載型護衛艦「いずも」が初参加。米海軍の原子力空母「ニミッツ」とインド海軍の「ヴィクラマーディティヤ」と合わせて、初めて3ヶ国の空母が揃い踏みとなったことも、注目されている。

 インド洋では今、東シナ海や南シナ海同様、中国の海洋進出が安全保障上の大きな懸念材料となっている。特に、中国の潜水艦の侵入が相次いでおり、それに対応する形で、今回のマラバールの主要テーマは「対潜水艦戦闘」になっていると、米印メディアは揃って報じている。日米印と中国を巡っては、尖閣問題、南シナ海問題やインドと長年紛争が続くパキスタンと中国の急接近、北部中印国境地帯での小競り合いなどアジア太平洋地域のさまざまな係争が絡む。英防衛専門誌IHSジェーンズは、「最も複雑な背景を持つ演習」と表現している。

◆対中国潜水艦を意識した演習内容
 マラバールは1992年から米印の2国間で始まり、今年から日本が正式にメンバーに加わった。「マラバール2016」は日本の佐世保基地を拠点に展開され、引き続き恒常的に3ヶ国で行っていくことで合意している。今年は、「ニミッツ」「ヴィクラマーディティヤ」「いずも」の各国の3大“空母”をはじめ、米ミサイル巡洋艦、日米の駆逐艦(護衛艦)など16隻と、米印の2隻の潜水艦、P-8ポセイドン哨戒機など95機の航空機が参加する最大規模のものとなっている(CNN)。

 今回、特に重点的な演習のテーマとなっているのが、「対潜水艦戦闘」だ。ニューヨーク・タイムズ紙(NYT)は、マラバールを「インド、アメリカ、日本による特定の狙いを持った軍事演習」と表現。最近、インド洋では中国海軍の潜水艦の進出が急増しており、それに対する牽制だと同紙は見る。インド海軍は、虎の子の「シンドゥゴーシュ」潜水艦とP-8を参加させているが、CNNは「これも対潜水艦戦演習に力を入れている証拠だ」としている。

 中国がインド洋の覇権を狙うのは、習近平国家主席が打ち出す新経済圏構想「一帯一路」の要所に当たるからだ。「一帯一路」は、現代版の陸海のシルクロードで東アジアと中東、ヨーロッパを結ぶ計画。その海路の中心点となるのがインド洋だ。近年、当地では潜水艦をはじめとする中国艦の目撃情報が多数寄せられている。特に今年5月以降は12回以上と急増しているが、「これは、マラバールを意識した牽制行為だ」とインド海軍のアナップ・シン提督は分析する(NYT)。また、中国国営英字紙チャイナ・デイリーは演習開始日に、「インド洋は中国の貿易と石油輸入の主要な経路の一つである」と強調する社説を掲載。「安全保障上の懸念を感じるのは、むしろ中国である」と結んで、暗に日米印を非難した。

◆インド洋で火花を散らす中印
 中国艦は南シナ海からマラッカ海峡を経て、アンダマン海からインド洋に抜けるルートを使うのが恒例だ。インドはこれに、さまざまな対抗策を打ち出している。例えば、先月、マラッカ海峡を通過する中国艦の動きを監視するため、軍艦を常駐させる計画を発表した。また、演習が行われているベンガル湾の東部にあるアンダマン・ニコバル諸島は、中国艦を迎え撃つ防衛ライン上にある重要拠点だが、5月、その一角にあるラットランド島にミサイルの実験・研究施設を建設する許可が出た。この開発を巡っては、軍と自然保護局との間で4年越しの対立が続いていたが、最近の中国の動きを受けて防衛上のニーズが上回ったということだろうか。また、この地域に展開するP-8と連携して運用する最新鋭偵察用ドローン22機がアメリカから供与されることが決まっている。

 日本も、アンダマン・ニコバル諸島で初めて行われる外国支援として、発電設備の建設を行うことでインド政府と合意している。あくまで民生用の施設という建前だが、インドの専門家は、モディ首相が昨年来日した際、日本側と大規模な開発計画を行う合意を取り付けており、発電設備の建設はその入口にすぎないとNYTに語っている。

 これに対し、中国はスリランカやミャンマーで港湾を整備して拠点化する「真珠の首飾り作戦」を展開している。さらに、歴史的にインドと対立関係にある西方のパキスタンに急接近。昨年5月には、中国の原子力潜水艦が初めて同国のカラチに寄港し、パキスタンが「一帯一路」の重要拠点になることで合意している(Newsweek誌)。このようにインド洋でのプレゼンスを拡大し、インド包囲網を敷く中国の動きが、今回の「マラバール」の規模と内容に影響していることは間違いないだろう。インド紙エコノミック・タイムズは、「マラバールは、潜水艦隊によってインド洋での影響力を増そうとする中国への、明白な警告だ」と書く。

◆北から南へ「安全保障上の地殻変動」
 インドと中国、パキスタンの間では、北部のカシミール地方やチベット国境で何十年にもわたって紛争状態が続いており、緊張の焦点は長く北の山岳地地帯にあった。最近も、中国側の国境線間近での道路建設を巡りインド軍が越境したり、インドが主権を主張する地域で中国軍が実弾演習をしたりと、ひと悶着あったばかりだ。

 しかし、インド洋への進出はそれよりもさらに深刻だとインド当局は見ているようだ。NYTは「インドの指導者たちは、長年の懸念だった北部国境から、南部の海岸線に関心を移すことを強いられた」と書く。インドのシンクタンク、センター・オブ・ポリシー・リサーチのブラフマ・チェラニー教授は、「これは、南翼を守らなければならないという、インドの安全保障上の地殻変動だ」と同紙に語っている。

 10年前のマラバールは、ゲスト参加した日本、オーストラリア、シンガポールを加えた5ヶ国で行われた。この時には、中国から強い抗議と圧力があり、オーストラリアとシンガポールはその後マラバールから撤退している。日本はいわば冷却期間を置いての公式参加となった形だが、この「最も複雑な背景を持つ演習」に参加する政治的な意味と安全保障上の責任は重い。

Text by 内村 浩介