中国の学問の発展を妨げているのは中国政府? 西側の価値観否定、ネット検閲、論文の偏重

 1970年代後半から中央による計画経済を見直し、徐々に市場改革を取り入れてきた中国は、猛スピードで経済成長を遂げてきた。大学では西側の経済学を教え、研究者たちには科学技術の分野で世界のトップを目指すことを求めるが、皮肉にも共産党の政策そのものが、学術界の発展を妨げていると海外メディアが報じている。

◆社会主義の看板、マルクス主義は捨てられない
 フィナンシャル・タイムズ紙(FT)によれば、中国では学位取得のためのコースではマルクス主義の内容は削減され、西側の思考が増やされている。ところが、中国の学者のグループが、大学生を「西側の理論で洗脳すること」を止めるため、経済学においてマルクス主義の授業を増やすことを政府に要望している。

 かつてはハーバードやスタンフォードといったアメリカの名門大でも、マルクス主義の研究者を置くことは標準であったが、1980年代以降、前任者の退職後に後任を置くことはなくなっており、影響力が弱まっているのは中国に限った話ではないらしい。中国自体は経済の停滞を迎え、1980年代の西側の政策と比較されてきたサプライサイド改革を推し進めているところで、習主席は国の発展のため、マルクス主義の現代化を学者らに求めているという(FT)。

 タイム誌は中国の教育相が「西洋の価値観」を大学キャンパスにばらまかないことを求めたエピソードを紹介しているが、FTは年間数十万人の中国人学生がアメリカに留学していることから、西洋的思考を教育から排除する動きは、無駄な努力ではないかと述べている。

◆中国は論文大国。でも、一部の研究は好まれない
 高等教育に関するデータを豊富に持つ「Times Higher Education」によれば、学術論文においても政治体制の影響が見られ、中国やサウジアラビアのような管理体制の強い国では、論争を巻き起こす可能性のある研究の数が非常に少なくなっている。2013-2016年には、中国は150万の研究発表を出版しており、アメリカに次いでG20参加国中2位となっているが、歴史、政治学と国際関係、そして社会学と政治学の3分野においての研究は非常に少なかったという。特に歴史関係となるとたった436の研究しかなく、アルゼンチンよりも少なかったらしい。

 ロンドンのキングスカレッジの中国研究者、ケリー・ブラウン氏は、中国の教育システムでは科学と経済学が優先され、優秀な研究者は、より政治的にデリケートでなく、より予算のつく分野に向かうことが理由の一つだとしている。さらに同氏は、中国で社会科学、政治学に取り組む者は多いが、「中国は例外的で国内だけの世界であり、政治、社会科学に関する世界の一般的な議論にはあまり貢献しない」という考えにより、これらの研究がしばしば制限されているとも述べる(Times Higher Education)。

 もっとも、政治は別とし、他の微妙とされる分野は、自由度の高い国である日本や韓国でもそれぞれ全体の0.4%、0.7%と低いため、単にその分野の学問が東アジアでフォーカスされていないという理由もあるかもしれないと「Times Higher Education」は述べている。

◆隔離される研究者。イノベーションの障害にも
 タイム誌は、グレートファイアウォールと呼ばれる中国国内のネット検閲システムも、研究者たちの障害になっていると述べる。習主席は、科学技術の分野で中国を世界のリーダーにしたいとしているが、「Google Scholar」のような学術用オンライン検索ツールから、同分野の研究を行う海外の研究者の画期的な論文まで、すべて検閲にブロックされている現状では、イノベーションどころか優れたビジョン、偏見のない見方を持つことさえ不可能だという声が、研究者側からは聞かれるという。

 中国の大学でITイノベーションを研究するカサンドラ・ワン氏は、中国国内ではアリババやテンセントなどのオンライン・エコシステムが成功しているものの、やはり研究者としては、世界的ネットワークが必要だと述べる。また、海外の検索エンジンとの競争が国内勢にはないと指摘したうえで、「競争がイノベーションを刺激する」とし、競争をブロックすることは、中国のイノベーションのためには正しいやり方ではないと述べている。

Text by 山川 真智子