ロンドンに代わる欧州金融ハブはどこに? パリ、フランクフルト、ダブリンが名乗り

 英国が国民投票でEU離脱を決めたことを受け、欧州におけるロンドンの金融ハブとしての機能が失われることが懸念されている。既に米モルガン・スタンレーなど主要金融機関のシティ(ロンドンの金融街)脱出の動きが報じられており、現地メディアの関心は高い。同時に、ロンドンの地位を狙う「次期欧州金融ハブ」に、パリ、フランクフルト、ダブリンなどが名乗りを上げ、早くもPR活動を始めている。

◆「直ちに」ロンドン脱出の動きはないが…
 イギリスでは、金融業が国内総生産(GDP)の12%を占めるほど業界への依存度が高い。金融業の従事者は220万人弱で、そのうち70万人がロンドンで働いているとされる(ウォール・ストリート・ジャーナル紙=WSJ)。ブルームバーグは、「有権者の過半数は、高給の金融業の雇用が英国を去ることになるという、世界の銀行のトップ、国際通貨基金(IMF)と政治家たちの警告に揺らぐことはなかった」と国民の判断を皮肉っている。

 WSJによれば、ブレグジット(英国のEU離脱)を予想していた銀行幹部はほとんどおらず、詳細な計画を策定していた幹部はさらに少なかったようだ。予想外の国民投票の結果を受け、英バークレイズはアイルランドの首都ダブリンを調査する体制を整えつつあり、米シティグループなど大手数社は半年ほど待って「シングルパスポート・ルール(単一の免許でEU域内での営業が可能な制度)」の再交渉が実現しうるのかどうかを見極めてから、雇用を国外移転する方法を決めるという。

 BBCは先週末、米モルガン・スタンレーが既に2000人分の雇用をダブリンとドイツ・フランクフルトに移転する手続きを始めたと報じた。しかし、同社はすぐにそれを否定し、他メディアがそれを報じるというドタバタ劇が展開されている。モルガン・スタンレーの広報担当者は英インディペンデント紙に、ただちに現状を変える計画はないと回答。「実際に離脱へ動き出すまでに最低2年はかかる。そのため、新たな環境に我々のビジネスを適応させるための準備期間は十分にある」としている。とはいえ、WSJが「モルガン・スタンレーは欧州の他都市への中心機能移転を検討する作業グループを立ち上げた」と報じているように、移転は時間の問題であり、既に内々に動き出していると見るのが妥当であろう。

◆3都市の魅力とマイナス点は?
 欧州の拠点をロンドンに置く日本企業も多く、次の最大の金融ハブはどこになるのか、日本のビジネスマンたちも気を揉んでいることであろう。各メディアが最有力候補に挙げるのが、パリ、フランクフルト、ダブリンだ。

 この3都市は既にPR活動を始めている。英国民投票の翌日、アイルランドの対外投資当局は1000以上の投資家にあてた文書で、自国がEUに残ることを強調し、移転を支援する意向を伝えた。フランクフルトは、英国からの事業移転に関する銀行向けホットラインを設置。フランスの金融市場を世界に売り込む官民組織「パリ・ユーロプラス」は、代表団をロンドンに派遣し金融機関や専門家の誘致に当たる計画だ。また、貿易や投資を促進する政府機関「ビジネスフランス」は、パリで働き生活する楽しさをまとめたチラシを作成した(WSJ)。

 パリは既にロンドンに次ぐ規模の金融センターであり、「芸術の都」での生活は金融マンならずとも憧れるところであろう。ただし、税率が高い(最高所得税率45%・法人税率33%)のが欠点だ。フランクフルトも既に金融都市としての機能は十分で、欧州中央銀行(ECB)もここにある。マイナス点はロンドンやパリに比べて都市の規模が小さく、ライフスタイルの点では魅力が少ない所か。税率の高さもパリと大差ない。一方、ダブリンは法人税率が12.5%とイギリス(20%、2020年には18%に引き下げ予定)よりさらに低い点が売りだ。また、公用語が英語である点も見逃せない。ただし、所得税率は40%と高めで、フランクフルトよりもさらに小都市であり、大企業の欧州本社を集める都市機能とスペースが十分にあるかは微妙なところだ。

◆直近の懸念はブレグジットよりも日本のマイナス金利?
 ブルームバーグは、ほかにルクセンブルク、アムステルダム(オランダ)、エジンバラ(スコットランド)を挙げている。ルクセンブルクは、スイスのような銀行の秘密保持の固さで立国しており、EU共通ルールの順守にも熱心だ。ただし、EU加盟国では最も小さい首都だ。アムステルダムは、「モダン・キャピタリズムの揺りかご」と呼ばれる近代金融都市で、中央銀行とジョイント・ストック・カンパニー発祥の地。多国籍企業向けの税制優遇政策があり、ヤフーやグーグルといった企業がその恩恵を受けている。エジンバラは、ダブリン同様の利点があるが、「英国からの離脱・EU残留」が条件になる。

 このように、世界の金融界と経済メディアは、既にイギリスに冷たい視線を向け、他国のライバルに目を向け始めている。シビアな金融ビジネスの世界では「一宿一飯の恩義」は通用しそうもない。そして、遠く離れた日本に対してもシビアな視線が向けられているようだ。WSJが『ブレグジット同様、目が離せない日本の状況』という社説を出し、日銀のマイナス金利政策を「金融システムを不安定にした」と批判している。

 同社説は次のように書く。「世界中の金融市場は先週末にかけ、落ち着きを取り戻した。英国が国民投票で決めた欧州連合(EU)からの離脱(ブレグジット)による経済的影響が顕在化するのには数ヶ月か、あるいはそれ以上かかると投資家が気付いたためだ。しかし、円の急騰と財政の脆弱性が再び視野に入ってきた日本からは目を離さないほうがいい」。直近の懸念材料はむしろ「日本のマイナス金利」だというこうした指摘に市場がどれだけ反応するか、こちらも気になるところだ。

Text by 内村 浩介