トランプ氏の同盟国への負担増要求に一理あり…日本、欧州はどう受け止めるべきか

 米大統領選で、ライバル候補が撤退し、ドナルド・トランプ氏が共和党候補指名を確実にした。外交・防衛に関しては、同盟国の「タダ乗り」を正す意図を明確にしており、トランプ大統領誕生の可能性を予測していなかった各国を動揺させている。しかし識者の中には、同氏の考えはあながち間違いではない、教訓とすべきだという声もある。

◆驚きの発言に関係国は動揺
 トランプ氏は3月に行われた講演で、「同盟国は、自国の防衛にかかる費用はアメリカに頼らずきっちり負担。できない国は、自力で防衛すべき」という持論を披露した。ニューヨーク・タイムズ紙(NYT)は、NATOからの撤退や、日韓をアメリカの核の傘から除外することを匂わせた同氏の発言が、各国で警戒と当惑を持って受け止められたと報じている。

 イタリア大統領の外交アドバイザーを務めたステファノ・ステファニーニ氏は、「トランプ氏(が大統領になった場合)への不測の事態への対応策はない」と述べつつも、トランプ現象はフェードアウトすると考えるのは間違いで、同氏の考えは確実に次の政権や議会に影響を与えると憂慮している(NYT)。

◆NATOは今やアメリカにとってのお荷物?
 そもそも同盟国へのアメリカの不満表明は、トランプ氏以前から行われており、オバマ大統領自身が、欧州や中東の同盟国を「タダ乗り」と批判したことさえある。2011年には、オバマ政権の国防長官であったロバート・ゲイツ氏が、できることをしない同盟国のために大事な資金を使うことへの議会の意欲や忍耐力も薄れてきているとNATOに対し発言している(ディプロマット誌)。

 強いアメリカン・リーダーシップを求める欧州の政治家は、オバマ政権が他国の国益のための戦争に介入することに消極的なこと、また同氏が欧州諸国に「リスクを見込んで自ら(軍事に)投資する」ことを求めている現状に不満だという(NYT)。

 このような欧州の考えに、疑問を呈す識者もいる。イギリスの元駐米大使、ピーター・ウエストマコット氏は、NATOという集団安全保障の70%の費用をアメリカに払わせることが正しい、または持続可能なのかを欧州は考えて見るべきだと述べる(NYT)。

 米ケイトー研究所のシニアフェローで、防衛外交研究の専門家、テッド・ギャレン・カーペンター氏は、経済や安全保障の環境は大きく変化したと主張。アメリカは財政的ストレスを抱えるが、EUは人口、経済においてもアメリカを上回り、脅威であるロシアの力も低下しているため、何千マイルも離れたアメリカに頼らずとも、自前で地域を守る軍事力を持つ余裕があるはずだと述べる。トランプ氏のNATOに対する苦情は問題の症状を言い当てていると述べる同氏は、真の問題は、欧州がアメリカに安全保障を不自然かつ不健康に頼り続けることだと述べ、アメリカは古いNATOという重荷を振り払うべきだとしている。

◆日米への教訓?トランプ氏が示す、政府と民意のずれ。
 ディプロマット誌に寄稿した米スティムソン・センター主任研究員の辰巳由紀氏は、日本は駐留米軍のオペレーションコストの約75%を負担する最も寛大な同盟国だが、自国の防衛費はGDPのわずか1%強で、1997年度よりも減少していると述べ、現状ではゲーツ元国防長官が同盟国に求めた「自国の防衛において真剣で能力あるパートナー」への変貌を遂げるのは難しいとしている。

 辰巳氏は、安全保障関連法が施行された後、日本ができることは増えたとする。しかし日本の世論は自国の防衛を固めるという政府の努力には理解を示すが、国境を超えた安全保障上の国際協力には確信が持てず、これでは日米同盟をグローバルな戦略パートナーシップへという熱望とは裏腹に、政府が目指すことと国民が政府に許せることの間に深刻なずれが生じてしまうと述べる。

 また辰巳氏は、同盟国はタダ乗りというトランプ氏の見解には不備があるものの、トランプ氏の主張、そして批判はあっても同氏が共和党指名を手中にしたという政治的事実は、アメリカにも日本と同様に政府が目指すことと有権者が望むことの間にずれがあることを示した、と述べる。トランプ氏を軽視するのではなく、日米両政府が、「独りよがりにならないこと、また同盟の戦略的重要性を明確にするための努力において、リスク覚悟でさらに積極的になるべき」というサインとしてトランプ氏の台頭を受け止めるのなら、両政府にとって有益だろうとしている。

Text by 山川 真智子