韓国の米大使襲撃事件、「日本に有利」と現地紙報道 歴史問題での情勢変化を懸念か

 5日、韓国ソウルで、駐韓アメリカ大使が刃物を持った男に襲われる事件が発生した。犯人はその場で逮捕された。大使は顔や腕に傷を負い、80針縫ったという。米国務省は「この暴力行為を強く非難する」との声明を発表した。今回の事件で、アメリカの対韓世論が悪化するのではないか、という懸念が韓国内で生じているという。

◆犯人は、過去に日本大使への暴行で有罪になっている
 逮捕されたのは、金基宗(キム・ギジョン)容疑者。聯合ニュースによると、市民団体「ウリマダン独島守護」の代表を務め、反日・反米活動を展開してきた。金容疑者は2010年には、駐韓日本大使にセメント片を投げつけ、外国使節に対する暴行の罪で懲役2年、執行猶予3年の有罪判決を受けている。

 被害に遭ったリッパート大使は、オバマ大統領の側近として、オバマ氏が上院議員になった2005年以来、近しい関係にある、とCNNは伝える。昨年、大統領によって駐韓大使に任命された。

◆犯行の動機は、米韓合同軍事演習に対する抗議
 金容疑者は、現在韓国で実施されている米韓合同軍事演習に抗議するために襲撃を行ったと供述しているという。聯合ニュースによると、「戦争訓練のせいで南北離散家族は再会できない。戦争訓練を中止すべきだ」と記者に向かって叫んでいたという。

 当初、シャーマン米国務次官が先月27日に行った講演が、事件の引き金になったのではないか、との推測がなされた。次官は、日中韓の歴史問題をめぐる紛糾は、3国ともに責任がある、歴史問題を国内政治に利用することは、進歩ではなく停滞を生む、と発言していた。韓国ではこれを、韓国に対する批判と受け止める向きがあり、米国大使館前では抗議活動が行われていた。

 しかし容疑者への聴取が進み、事件の背景が明らかになると、その可能性が消えた。時事通信によると、犯人自身が無関係だと供述しているという。

◆アメリカとの同盟が朝鮮半島の再統一の妨げ?
 金容疑者が抗議した米韓合同軍事演習は、今月2日より実施されている。韓国軍20万人、米軍1万2千人余りが参加するという、非常に大規模なものだ。英ガーディアン紙によると、演習は来月まで続くという。

 ニューヨーク・タイムズ(NYT)紙によると、韓国の左翼的活動家の中には、この演習のせいで北朝鮮との緊張が高まっており、分断された朝鮮半島の再統一の取り組みが妨げられている、と批判する者もいるという。

 北朝鮮が演習に強く反発していることを、欧米メディアはそろって伝えている。ガーディアン紙は、この演習は北朝鮮への侵攻の予行演習だと、北朝鮮が非難していると伝える。演習初日の2日には、北朝鮮は短距離ミサイルの試射を行い、威嚇した。一方、韓国政府と米政府は、この演習は、純粋に防衛的なものだと主張している。

 ガーディアン紙は、朝鮮戦争が1953年に休戦となってからも、和平協定は結ばれておらず、韓国と北朝鮮は事実上、交戦状態のままだ、と伝えた。

◆朝鮮再統一への願いと反米感情
 北朝鮮当局は、今回の大使襲撃事件を「アメリカの戦争挑発者らへの正当な罰」だとした、とCNNは北朝鮮国営通信社KCNAの報道から伝えた。「正義の刃物攻撃」であり、韓国内の「反米感情」を反映したものだ、というのだ。

 韓国の急進的活動家は、しばしばアメリカを、軍を駐留させて韓国を不当に支配下に置いている植民地支配国と見なしているという。米タフツ大学フレッチャー法律外交大学院のLee Sung-yoon教授がNYT紙に語っている。彼らは、アメリカと旧ソ連に対し、朝鮮半島を親米の韓国と共産主義(ママ)の北朝鮮に分断したことで、深い憤りを抱いている。そしてアメリカ軍の駐留が朝鮮再統一を妨げている、と主張しているという。

 ガーディアン紙も、韓国国民の中には、韓国に約3万人の米軍が軍事抑制力として駐留していることが、半島統一の障害になっていると主張する者もいる、と語る。

 このように、韓国にも一定の反米勢力が存在しているようだ。聯合ニュースによると、公安当局は、金容疑者が2006年から2007年にかけて6回にわたり北朝鮮を訪れて以来、(反日活動から)反米活動に転向したとみているという。

◆米韓関係への影響は限定的だが、日本との歴史問題では不利になるとの見方も
 韓国の朴槿恵大統領は、「この事件は、米大使への身体的な攻撃というばかりでなく、韓米同盟への攻撃でもある。到底許されないものだ」と、非難する声明を発表した。そして事件の徹底的な調査、外国大使の安全対策強化を命じたという。

 犯行には刃渡り25センチのナイフが使用された。犯人は、事前に調べられることもなく、リッパート大使と同席し、近づくことができた。警備が甘かったのではないか、との批判の声が上がっている。NYT紙によると、韓国政府は、関係省庁による緊急次官級会議の後、大使の警護を果たせなかった当局者に「厳正な処分」を下すと明言した。

 聯合ニュースによると、この事件をめぐって、韓国では韓米関係への影響を懸念する声が出ているという。大勢としては、事件の影響は限定的で、両国政府は速やかな事態収拾を図るだろうが、「一部の米国民の間で嫌韓感情が増幅しかねない」との見方があるという。

 さらに、今回の事件が日本に有利に働くのではないかという観測もあるという。韓国と日本はいま、歴史問題をめぐってそれぞれ米国にアプローチしている。しかし今回の一件で、しばらくは事態の収拾に外交力を集中させる必要が、韓国には生じた、というのだ。

Text by NewSphere 編集部