産経前ソウル支局長、無罪主張 「恥ずかしい…」韓国野党議員も言論抑圧を嘆く

 韓国・ソウル中央地裁で27日、産経新聞の加藤達也・前ソウル支局長の初公判が開かれた。加藤氏は、8月3日に産経新聞ウェブサイトに掲載したコラムが、韓国の朴槿恵(パク・クネ)大統領に対する名誉毀損(きそん)に当たる疑いがあるとして、10月に韓国検察によって在宅起訴されていた。

◆誹謗する目的で虚偽の事実を広め、名誉を傷つけた、とする起訴状
 問題とされた産経新聞の記事は、旅客船セウォル号の沈没事故当日、朴大統領が元側近の男性と会っていた、とするうわさが韓国内にあることを伝えていた。このうわさはもともと、韓国の朝鮮日報がコラムで取り上げていたものだった。

 検察の起訴状では、加藤氏は当事者や政府関係者らに事実関係を確認しないまま、記事を書き、虚偽の事実で朴大統領と元側近の名誉を傷つけた、とされている(朝日新聞)。また、被害者たちを誹謗(ひぼう)する目的で、情報通信網を通じて公然と虚偽の事実を広めて、被害者たちの名誉を毀損した、とされている(毎日新聞)。

 これに対し、加藤氏は公判で「大統領を誹謗する意図はまったくない」と主張し、起訴内容を否認した。

◆加藤氏側の主張は?
 韓国最大規模の英字新聞コリア・ヘラルド紙と、朝鮮日報は、加藤氏の弁護人が法廷で行った主張を詳しく報じている。韓国国内での朴大統領の支持率がセウォル号事故に関連して低下していることを、日本の読者に伝えるために、加藤氏は記事を書いた、と弁護人は主張した。記事は「公共の利益のためのもので、誹謗する目的はなかった」というのが、加藤氏側の反論の中心点となるだろう。

 中央日報によると、加藤氏は法廷で陳述書を読み上げたが、その中で「韓国に対する深い愛情と関心で取材してきた」「法治国家である韓国において、裁判が法と証拠に基づいて厳正に進行されることを期待する」と述べたという。

◆「公共の利益」にかなうものかどうかが争点
 記事が「公共の利益」にかなうものだったかどうかが、裁判の争点になりそうだ。AFPは、名誉毀損に関する韓国の法律では、発言あるいは書かれた内容が、公共の利益にかなっていたかが焦点となる、と伝える。パリに本部を置く報道の自由の擁護団体「国境なき記者団」も、加藤氏の記事は「明らかに」公共の利益にかなっていると主張し、産経新聞を擁護したという。

 AP通信は、加藤氏の起訴は、韓国の報道の自由について疑問を投げかけ、論争を引き起こした、と報じた。保守的な朴政権が朴大統領のイメージを統制しようとして、ジャーナリストを弾圧している、と評論家らが非難しているという。在ソウル海外メディア記者らによる「ソウル外信記者クラブ」は10月、韓国の金鎮太検事総長に対する公開書簡で、加藤氏の起訴は韓国のマスメディアに対し「有害な影響」を与える可能性がある、と懸念を表明したという。

 また、2012年の大統領選挙で、朴大統領の主要な対立候補だった野党議員の文在寅(ムンジェイン)氏が、25日、加藤氏を起訴するという検察の決定は「恥ずかしい」ものだと記者に語った。朴政権が表現の自由を抑圧しようという動きを取っている、と同氏は主張しているという(ZAKZAK)。

◆大統領側からのメディアに対する法的措置が増えている?
 ZAKZAKは26日の記事で、朴政権下でメディアに対する法的措置が頻発しており、特に4月のセウォル号沈没事故以降は急増中だと報じた。放送局に対して大統領府側が訂正と損害賠償を求めて提訴した例、大統領府側が新聞に対して訂正を求める訴えを起こした例、大統領政務秘書官が朝鮮日報記者を名誉毀損で告訴した例を挙げている。

 韓国では、朴大統領の父親である朴正煕(パク・チョンヒ)政権などの軍事政権下で、メディアが検閲により弾圧を受けていたことを伝えている。それ以降も、金大中(キム・デジュン)政権が大規模な税務調査でメディアを牽制(けんせい)したほか、盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権以降、メディアへの訴訟が増えたとされている、と報じた。軍事政権によるメディア弾圧については、AP通信も伝えている。

◆加藤氏はこの先いつまで韓国から出国できない?
 加藤氏は情報通信網法の名誉毀損罪に問われている。有罪となった場合、加藤氏は最長で懲役7年もしくは5000万ウォン(約534万円)の罰金となる可能性がある(AP通信)。情報通信網法の名誉毀損罪は、刑法の名誉毀損罪(最長懲役5年)より量刑が重くなっていることを毎日新聞は伝える。この法律について、ネット上の名誉毀損が深刻な韓国の事情が立法の背景にあると見られる、と同紙は分析している。

 また、加藤氏は現在、韓国からの出国を禁止されている。今回の公判で、加藤氏側はその措置の解除を求めた。当面の出国禁止期限は来年の1月15日となっているが、検察側はその後も、公判期間中は期限の延長を求めることができる。

 毎日新聞は、この種の公判は1審だけで8ヶ月程度、上告審まで争った場合は1年以上かかる、との韓国の法曹関係者の見通しを伝えている。さらに今回は、政治的な案件なので普通よりも長引く可能性があるという。

Text by NewSphere 編集部