中国、なぜ今、商船三井の船を差し押さえ? “今まで賠償請求しなかったのは、ODAの見返り”と海外紙

 日本の海運大手・商船三井の貨物船「バオスティール・エモーション」が、上海の裁判所によって差し押さえられた。同船は、全長320メートルにも及ぶ大型の鉱石運搬船であり、上海市のそば、浙江省の港に停泊中だった。商船三井は、1936年に中国の船会社と結んだ船2隻の賃借契約がもとで、損害賠償を求める訴えを起こされ、敗訴していた。

【船2隻の賠償をめぐる長い歴史】
 1936年、日本の海運会社・大同海運は、中国の中威輪船公司から船2隻を1年間借りる契約を結んだ。ところが翌37年、日中戦争が勃発。両船は軍によって徴用され、38年と44年に沈没した。

 大同海運はその後、幾度かの吸収合併を経て、1999年、商船三井の一部となった。

 中威輪船の当時の経営者の子供が、1970年、2隻の損害賠償を求めて、日本の裁判所に提訴した。しかし、時効によって請求権利が消滅したとして、却下された。その後、経営者の孫が、1988年、中国の上海海事法院に提訴した。こちらは主張が認められ、2007年、商船三井に対して、約29億円の支払いを命じる判決が下された。同社は控訴したが、上級審で再び敗訴。最高人民法院への再審請求も却下されたため、中国国内で判決が確定していた。

 同社は、発表によると、「上海海事法院と連絡を取りつつ、和解解決を実現すべく原告側に示談交渉を働きかけていた」という。しかし、フィナンシャル・タイムズ紙の報道によると、現在の権利者、経営者のひ孫は、これまで無念に終わった家族の歴史を鑑みて、示談の申し出を断っていたという。そんな中、今回の差し押さえが突然執行された。

【異例の強硬措置、日中間の緊張が原因?】
 香港のサウスチャイナ・モーニング・ポスト紙は、今回の執行は極めて異例だ、とする海事専門の上海の弁護士のコメントを紹介している。日本から戦時の賠償を回収するため、裁判所がこれほど強硬な姿勢に出るとは、自分の記憶にはなかったことだ、と同弁護士は述べている。また、商船三井は賠償金を支払うか、船を失うかのどちらかだ、と語っている。

 このような異例の措置に中国の裁判所が踏み切った背景として、ブルームバーグは、日中両政府間の現在の緊張に注目している。尖閣諸島をめぐる争いと、日本の首相・閣僚らによる靖国参拝について触れる。そして、緊張は法廷へと、次第に舞台を移している、と指摘する。その例として挙げているのは、戦時中に強制連行され、労働させられたとして、日本企業に賠償を求める提訴を、中国の裁判所が3月に初めて受理したことだ。

【両国の緊張が、経済関係にまで及んでしまったら…?】
 フィナンシャル・タイムズ紙は、今回の措置は、日中政府間の緊張を、経済分野にまで飛び火させるものだ、と懸念を表明する。尖閣諸島の問題があり、両国でナショナリズムが高まり、緊張が高まっている。それでも、両国間の経済的結び付きが緊密なおかげで、関係の安定が保たれているのだ、とする。

 菅官房長官は、21日午前の記者会見で、今回の中国側の対応は、「中国でビジネスを展開する日本企業全般に対し、萎縮効果を生むことにもなりかねない。日本政府として深く憂慮する」との声明を出した。同紙はそれを紹介しつつ、日中間の経済的結び付きが低下した場合、新たなリスクが生じることをほのめかしている。

【経済大国になった自信が、中国の行動に影響?】
 1972年に調印された日中共同声明で、中国は「戦争賠償の請求を放棄する」ことを宣言している。日本政府は一貫して、民間の賠償請求にも、これは適用されるとしている。一方で中国政府は、これは政府間の賠償だけに適用されるという立場だ、とフィナンシャル・タイムズ紙は伝える。それでも中国は、民間からの戦争賠償の訴えを、これまで受理してこなかった。かつて周恩来元首相は、訴えても受理される可能性はないと明言していたが、それは日本が中国に対して開発援助(ODA)と投資を行うことの見返りだった、と同紙は語る。

 日本から中国へのODAは、すでにほぼ終息している。いまや日本をしのぐ経済大国となった中国にとって、仮にこの先、日本との経済関係が冷えることがあっても、もはや致命傷にはならない、という自信が、今回の差し押さえや訴訟の受理に結びついているのかもしれない。

 とはいえ、NHKによると、中国外務省の秦剛報道官は、21日午後の記者会見で、「この案件は普通の商業契約の紛争」であり、「中日戦争の賠償問題とは関係ない」と発表したという。

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Text by NewSphere 編集部