消費増税延期なら、社会保障の充実は不可能…ポピュリズムに走らず、財政再建への一歩が必要

消費税率を10%にあげるべきか。安倍首相は12月初旬にも判断を迫られる。日本の財政問題について積極的な提言を行っている、田中秀明・明治大学公共政策大学院教授のオピニオンを掲載する。

 11月4日、政府の「今後の経済財政動向等についての点検会合」が始まった。消費税率の10%への引上げについて、45人の有識者・専門家の意見を聞くもので、18日まで5回開催される予定である。

 多様な意見を聞くのはよいが、最後は多数決で決めるのだろうか。安倍首相は、3日の参議院予算委員会で、来年10月に予定どおり引き上げるかどうかは、7月から9月のGDP(国内総生産)などを踏まえ、景気の動向をよく見極めて判断する考えを重ねて示したが、なぜ増税の意思決定をことさら強調しショーアップするのだろうか。政府は常に様々な制約と不確実性のなかで政策判断をしなければはならない。政府は全知全能の神ではなく、「正しい」決定など、言うが易しで難しいのだ。

 筆者は、消費増税を予定どおり実施するべきと考えている。増税による短期のデフレ効果を許容しつつ、中長期には、政府の政策遂行の信頼性を高めることにより、社会保障の充実を図り、そして財政健全化と持続的な成長を両立させるべきである。

◆消費増税を中止するコストは大きい
 そもそもなぜ消費税率の引上げを実施するか否かを議論しているのか。2年前に自公民の賛成で成立した社会保障・税一体改革関連法において、消費税率の引上げに際しては、「経済状況の好転について、名目及び実質の経済成長率、物価動向等、種々の経済指標を確認し、(中略)、経済状況等を総合的に勘案した上で、その施行の停止を含め所要の措置を講ずる。」とされているからである。

 この条文を素直に読めば、来年4月の消費税率の引上げは、いろいろ勘案して止めることができると解釈できる。「総合勘案」なので、景気が悪い場合でも他に理由があれば増税できるし、景気が良い場合でも同様に増税しないことができる。要は、法律上、増税するか否かの基準はあいまいであり、その時の政権の「判断」だということである。

 この附則によれば、増税を先送りするためには、「所要の措置」、すなわち法律が必要である。実施を見送る場合は、国会で、実施の是非、今後の消費増税の手順やあり方、消費税の増収の使途などを巡って、相当の審議が必要である。

 自民党内には、増税延期派がいる一方、増税を予定どおり実施すべきと考えている議員も多い。連立を組む公明党は、増税によって社会保障を充実させると唱えてきた。野党である民主党は、政権を投げ打って消費増税を成立させたが、これをご破産にすることに、「はいそうです」とは言わないだろう。

 消費増税を見送った場合の対応やシナリオはかなり面倒で、政府・与党内の調整や国会審議は容易ではないことである。国会のねじれは解消したとはいえ、国会の審議時間は相当になるだろう。安倍政権は、面倒な国会審議を覚悟して、もっといえば与党内・連立政権内の対立というリスクを承知した上で、実施先送りを考えているのだろうか。

◆消費増税反対派の論拠
 消費増税は見送るべきという主張の理由は、本年4月の5%から8%への消費税率の引き上げで、想定以上に消費は冷え込んでおり、デフレ効果をもたらす消費増税を実施すれば、またデフレに逆戻りで、努力が水泡に帰すということである。要するに、増税のデフレ効果の「懸念」である。

 この主張はまったくそのとおりである。1年後の増税がもたらす経済効果は、誰も正確には予測できないからであり、いかなる状況でも、いかなる手段を講じようとも、極論すれば、懸念は払しょくできない。もし、政府が今日増税を決定し、明日からそれを実施できるのであれば、経済の状況を見極めたうえで増税を判断できるかもしれない。イギリスでは、消費税そのものの導入は国会の承認が必要であるが、ひとたび導入された後の税率の変更は政府の判断でできる。しかし、日本ではそれ不可能だ。

 増税反対派の中には、そもそも増税は不要だという人たちもいる。アベノミクスにより、名目3%、実質2%の経済成長が達成できるので、税収が何兆円も増えるからだという。財政再建が必要だとしても、まずは徹底した歳出削減を行うべきであり、先に増税するのは景気にマイナスの影響を与えるだけだという。

 一見するともっともらしいが、GDP比で250%に達する借金(国・地方等を合わせた一般政府レベル)は、非現実的な成長率を掲げ、増税はおろか歳出削減も先送りした結果ではないか。社会保障の効率化は不可欠であるが、具体的にどの予算を削減できると考えているのか、またこれまでどこまで削減に汗を流してきたのか。

 諸外国の経験にも照らすと、増税より歳出削減の方が相対的に難しいのだ。増税は国民皆に影響する一方(皆で我慢しようという状況になる)、歳出削減は、特定の関係者に影響を与えるため、彼らが猛烈に反対するからである。民主党政権を思い出してほしい。最初は歳出削減を主張していたが、それができないことがわかり、増税に舵を切ったのである。

◆財政再建のデフレ効果
 ここで財政再建のデフレ効果について考えてみよう。経済学や財政学の教科書には、政府が不況期に借金をして公共事業を行えば、景気浮揚効果をもたらすと書かれている。例えば、政府支出をGDP(国内総生産)比1%増やした場合、GDPが2%増えるというもので、この場合乗数は2ということになる。逆にいえば、歳出削減や増税を行った場合は、マイナスの乗数効果になる。

 実際の乗数効果については、多くの研究者が分析を行ってきた。経済協力開発機構(OECD)の最新の報告書(※1)は、GDP1%の恒久的な財政再建(歳出削減や増税)を行った場合の各国の初年度の乗数を示している。消費税(付加価値税)など間接税の増税については、フランス(-0.11)、ドイツ(-0.12)、イギリス(-0.14)、スウェーデン(-0.05)、アメリカ(-0.27)などであり、主要国の乗数は-0.1から-0.3の範囲である。日本は-0.43であり、OECD主要国の中では最も高い。つまり、他国と比べてデフレ効果が大きいことを意味している。 

 日本の乗数は大きいが、それでも0.4程度である。この数字は短期の効果を示しているが、消費課税は長期的には経済にプラスの効果をもたらすことが多くの研究でわかっている。筆者自身、OECD21ヶ国のデータを使って、財政再建が経済成長に与える影響を分析したことがあるが、財政再建は常に経済成長の低下をもたらすわけではないという結論を得ている。所得税や法人税など様々な税目の中では、消費課税が最も景気に対して悪影響を与えないのである。もちろん、増税前の駆け込み需要と増税後の反動などの問題はある。
 
◆重要なのは短・中長の効果の区別
 そもそも消費増税は何のために行うものであったか。社会保障の充実のためである。増税を見送って、育児対策などへの予算配分をやめるのだろうか。それとも、更なる借金を行うのか。

 財政再建の議論で重要なことは、短期と中長期の効果を区別することである。一時は苦しくても、中長期で成長軌道に乗り、財政収支の改善によるプラスの効果があればよいのだ。

 また、実施するとして考慮すべきは、財政再建の副作用を最少化することである。財政再建は、その手段にもよるが、一般的には、所得や資産の不平等を拡大させるので、税制の効率性や公平性などを改善する取組みを行う必要がある。

 また、増税で使えるお金が増えると、政治家や官僚たちは無駄遣いしてしまうのは万国共通であり、我々国民は政府を監視していかなければならない。

 安倍首相の本音は、消費増税は自分が決めたものではなく、なぜ自分がこの問題に関わらなければならないのかということだろう。彼はそもそもいわゆる上げ潮派(増税ではなく経済成長で財政再建を目指す)である。気持ちはわかるが、本稿で述べたようにその政治的なコストは安くはない。今回先送りすると、無期限の延期になる可能性もある。

 最後は総理が責任をもって決めればよいが、消費増税を止めるのであれば、当然ながら社会保障の充実は撤回しなければならない。育児対策などの歳出増や法人税減税などを財源の手当てなして行うこと、あるいはバラ色の経済成長による税収増を当てにすることは、ポピュリズムそのものだ。自民党は、野党時代に民主党の子ども手当などの施策について恒久財源で賄うべきと批判していたが、自分たちは棚に上げるのか。

 今政府がなすべきことは、消費増税の必要性を改めて国民に説明し、中長期の財政健全化と経済成長に向けて、確固たる姿勢を示すことである。

※1
“Fiscal Consolidation: Part 2. Fiscal Multipliers and Fiscal Consolidation”、 OECDは、Economics Department Working Papers No.933, 2012年

・著者:
田中秀明(明治大学公共政策大学院教授)
・主な著書:
日本の財政 (中公新書)

Text by NewSphere 編集部