ワーキングメモリを鍛えれば賢くなる? エビデンスを再検証

Dmitry Guzhanin / Shutterstock.com

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著:Giovanni Salaリバプール大学 Cognitive Psychology PhD Candidate)、Fernand Gobetリバプール大学 Professor of Decision Making and Expertise)

 人間の本来の認知能力には限界があるが、その限界を超えたいと誰もが願うところだろう。ワーキングメモリを鍛えることを目的とした脳トレ関連産業が数千億ドル規模の市場となっていることも頷ける。しかしこのようなワーキングメモリトレーニングで、我々は本当に賢くなれるのだろうか。

 脳トレの効果が本物だとしたら、その社会的重要性は相当である。人間の記憶に関する謎を解き明かすための大きな手掛かりにもなり得る。我々は脳トレの効果を確かめるために、認知能力トレーニングの中で最も研究が進んでいるワーキングメモリトレーニングの研究結果を再検証した。

 認知能力トレーニングでは、脳を正しい方法で鍛えれば強化できる筋肉の一種としている。トレーニングの内容は、パソコン、タブレット、スマートフォン上でできるタスクやゲームが一般的だ。このようなトレーニングに関する研究は数多く行われてきたが、その効果については賛否両論ある。トレーニングにより様々な認知能力を高めることができると言う研究者もいれば、かなり否定的な立場をとる研究者もいる。

 トレーニングの効果については意見が割れているが、ワーキングメモリや知能といった認知能力の高さは仕事の能率など実生活における能力と連動する傾向があると広く考えられており、認知能力が実生活の能力を測る指標とされていることは確かだ。そのため認知能力をどれかひとつでも鍛えれば、他の様々な認知能力、非認知能力の向上に繋がる可能性があるとされる。この仮説こそが、ワーキングメモリトレーニングの基礎となっているものである。

 ワーキングメモリとは、短期的な記憶に関連する認知システムのひとつである。我々はそのシステムを使って、認知能力を必要とする複雑なタスクを解決するために必要な情報を蓄積し、処理している。しかしこの認知システムが扱うことのできる情報量には厳しい限界がある。短時間で複数の物や数字を記憶しようとしても、認知システムが平均的に処理できる情報はたったの7個だ。そしてこのようなワーキングメモリの容量との相互関連性が最も高いとされる知能が、流動知能と呼ばれるものだ。流動知能とは新たな問題を解決し、これまでにない状況に適応する能力を指す。そのため学力仕事の能率を測る時の判断基準として最も大きな信頼を寄せられている。

 ワーキングメモリと流動知能に相互関連性があるとすれば、n-back課題 (いくつかの視覚刺激を与えられた後、目の前にある刺激が何個前に与えられた刺激と一致するか答えるタスク) などのワーキングメモリを鍛えるタスクでワーキングメモリが高まれば、結果として流動知能が高まり、それが学校や職場における成績の向上に繋がると信じても無理はない。

◆エビデンスの再検証
 この仮説の真偽を確かめるため、我々は正常発達小児を対象としたワーキングメモリトレーニングに関する過去の研究を集め、入手できたすべての研究の結果を再検証した。26件の研究を集め、合計1,601名の児童の結果を調べることができた。ワーキングメモリトレーニングの研究対象としては、大人よりも子どもが理想的だ。小児期には能力がまだ発達途上にあり、認知能力トレーニングで大きな成果を得やすいためである。

 我々が再検証した結果、非常に明確な結果が得られた。子どもたちの流動知能、学力などの認知能力に対するワーキングメモリトレーニングの効果は、全く見られなかったのだ。唯一確認できた効果といえば、子どもたちがトレーニングしたタスクは上達したことだけである。それ以上でもそれ以下でもない。(例えばn-back課題といった) ワーキングメモリを使うタスクをこなすことで、そのタスク自体は確かに上達するようだ。しかしそのタスクが上達したからといって、子どもたちのワーキングメモリの容量が増えたわけではなかった。参加者は単に実験に使ったタスクのやり方を学習しただけのようだ。

 この結果からワーキングメモリトレーニングを教材として導入しても役に立たないということが明確になった。さらに範囲を広げ、他の研究グループが行った検証結果と合わせて見ても、認知能力トレーニングを売り出す企業が、脳に効くと断言しているのは誤りであると証明できる。企業の言うことは明らかに、実際のデータが示す結果よりずっと楽観的である。

 我々の検証結果を理論的に考えてみると、さらに重要なことが見えてくる。ワーキングメモリトレーニングの効果がないということはつまり、認知メカニズムを鍛えることで、その他の認知能力や実生活における能力を向上できるという仮説に疑問が生じるのだ。ワーキングメモリ以外にも、様々な種類の認知能力トレーニングについての再検証や研究が行われており、その他のトレーニングにも限界があることが明らかになっている。例えば音楽を使ったトレーニングを行っても、学力など音楽以外の認知能力の向上には繋がらないという結果が出ている。

 チェスもまた子どもの認知能力と数学の成績にある程度の効果を発揮するトレーニングになると考えられている。しかしこのトレーニングで得られたポジティブな影響はどれも (初めての体験に喜ぶなど) 認知能力とは関係のない要因によるものと思われる。さらにアクション系のテレビゲームから得られる効果は、そのゲームで行ったタスク限定の効果であるようだ。これらのエビデンスを合わせて考えると、どの種のトレーニングにも「領域特殊性の呪縛」が存在することがわかる。

 しかしこのようなネガティブな結果が得られたからといって、認知能力、非認知能力の向上に向けた取り組みを諦めてはならない。実際にトレーニングした領域以外には、トレーニングの効果に限りがあるということを理解しなければならないだけだ。トレーニングを止めるよう勧めているのではない。結局のところ能力向上に最も効果的な方法は、各能力をひとつずつ高めていくしかないのである。

This article was originally published on The Conversation. Read the original article.
Translated by t.sato via Conyac

The Conversation

Text by THE CONVERSATION