政治の道具として観光事業 バンクシーのベツレヘムのホテル

Ryan Rodrick Beiler / Shutterstock.com

著:Freya Higgins-Desbiolles南オーストラリア大学 Senior Lecturer in Tourism)

 誰もが一度は観光旅行をしたことがあるため、観光事業とは何かがわかっていると考えている。今日、観光事業は雇用や経済成長をもたらす重要な産業だと考えられている一方で旅行者は粗野で無教養だと軽蔑されることがある。

 しかし、ほとんど忘れ去られているのは、観光事業はかつて政治の道具であり、政治分析の対象であったことだ。

 その1つの好例はリンダ・リヒター氏の著作『The Politics of Tourism in Asia』だ。リヒター氏はアジアの行くつかのケーススタディーを通して観光事業が政治的な思惑に役立つ可能性をいかにもっているかを示している。

 ただし、市場時代が幕を開けて以来、観光事業は中央政府にとって大きな経済的重要性をもつ産業として奨励されてきており、このことが、観光事業の政治的関与、政治擁護、現状改革主義の促進に影を落としてきた。

◆バンクシーのウォールド・オフ・ホテル
 さて、著名なグラフィティーアーティスト、バンクシー氏がオープンしたベツレヘムの「ウォールド・オフ・ホテル」の話題に入ろう。

 このホテルは分離壁のある通りの向かいに立っている。この壁は、イスラエルが占領したパレスチナの領土を分断するために建設された。「世界最悪の眺め」のホテルと宣伝しているバンクシーのホテルは、政治の道具としての観光事業の側面をよみがえらせている。

 バンクシーは以前、パレスチナとパレスチナ国民に対して連帯を表明していた。しかし、海外からの観光客やイスラエル、パレスチナからの客が宿泊可能なホテルのオープンは目新しいアプローチであり、関心と共に論争を呼び起こした。

 この論争はこれがパレスチナ、イスラエル間の紛争仲介の正当な手段なのか、それともエリートの特権の行使なのかという識者の間の議論だった。

 ある分析は「occu-tourism」(占領体験観光)のコンセプトについて触れ、パレスチナを訪れても、パレスチナ国内やより広範な世界状況に存在する不当を覆すのにほとんどに立たず、ただの「のぞき見」を旅行者が行なっているのだと説明している。

 ウォールド・オフ・ホテルは政治的な論評を提供するアートの展示とみるよりも、むしろ、政治意識を高める力をもつ稼働するホテルとして見た方が有益だ。

 バンスキー氏はこの客室9室のホテルを少なくとも2017年中は営業できるよう資金を拠出した。ウォールド・オフ・ホテルはホテルで働く従業員により運営されている。尚、従業員はアーティストではない。

Text by The Conversation