映画レビュー:『マンチェスター・バイ・ザ・シー』 1人の男の日々、言葉のない問いかけ

 2017年のアカデミー賞で6部門にノミネートされ、主演男優賞と脚本賞に輝いた作品『マンチェスター・バイ・ザ・シー』は、一言で言うなら、立て続けに大きな不幸に見舞われた男の日々を描いた作品だ。そこに「救い」はあるのだろうか。

◆心を閉ざした男リー
 アメリカのボストン郊外で集合住宅の便利屋をしているリー(ケイシー・アフレック)は、兄ジョー(カイル・チャンドラー)の死をきっかけに、ボストンから北東へ40キロ行った故郷マンチェスター・バイ・ザ・シーに戻る。そこで突然、甥っ子パトリック(ルーカス・ヘッジズ)の後見人となったことを知らされる。そこから、ジョーの葬儀を終え、リーとパトリックの生活の方向性が固まるところまでを映画は描いている。

 本作品は第89回アカデミー賞の6部門(作品賞、監督賞、主演男優賞、助演女優賞、助演男優賞、脚本賞)にノミネートされていただけに、海外メディアでの評価はすこぶる高い。ガーディアン紙は、「言葉で表せないほど悲しく暗い」作品だが「傑作」だと表現し、満点の5つ星を付けた。テレグラフ紙とインディペンデント紙はそれぞれ5つ星中4つ星を付けており、インディペンデント紙はケネス・ロナーガン監督の綿密な演出スタイルと、自らの経験を活かしたケイシー・アフレックの素晴らしい演技が作品の強みになっている、と評価している。オーストラリアのヘラルド・サン紙は、「今年あなたが見る映画で最高レベルの1本」として満点の5つ星評価だ。ニューヨーク・タイムズ紙は、才能溢れる脚本家ロナーガンのおかげで、非常に面白い部分が驚くほど多い、としている(確かに実際に面白いセリフ回しはあるのだが、あまりにも暗くて重いストーリー展開のなかにちょっとした面白さがある程度だったので、筆者としてはそういう印象は持たなかった)。

◆悲しみのなか淡々と進む物語
 リーの職業は、集合住宅の管理人に雇われた「用務員」と言えばイメージしやすいだろうか。無表情に仕事を淡々とこなすものの、時に怒りがコントロールできなくなってしまう姿に、明らかに何かしらの痛みを抱えていることが伝わってくる。リーがふとした時に過去の出来事を思い出す形で、過去に何があったのかが解き明かされていく。映画を通じて、セリフでの心理描写はほとんどない。しかしリーが何を感じているだろうかは、セリフでもなく、大げさな演技でもなく、ケイシー・アフレックの抑えた演技からありありと伝わってくる。そこがオスカー受賞の所以だろうか。

 ハリウッド作品というとどうも派手な演出やスピード感のある展開を期待してしまうが、この作品にはそのどちらもない。物語は現在と過去を行ったり来たりしながら、淡々と進行していく。そして「泣かせる系映画」でありがちな、「ここが泣くべきシーン」というのがこれといってあるわけではない(ないわけでもない)。それでも、映画の前半ですでに涙が出てしまう人もいるだろう。感情がどっと溢れるのではなく、乾いたコンクリートに霧雨が少しずつ沁みていく、そんな悲しみが作品全体に漂っている。

 また全体的に、一見意味のなさそうなシーンが多く、「間」を使って作品を描くことが多い日本映画やヨーロッパ映画を彷彿とさせる。一見意味のなさそうなシーンが何を意味するかの答えが、作品の中で意図的に説明されることはない。かと言って、意味が全くないわけでもなさそうだ。例えば、映画の予告編にも一瞬出てくるシーンだが、映画後半でパトリックが木の枝を持って歩く場面がある。そのあとに彼が見せるしぐさに何か意味があるとは、映画を見た時に筆者は思っていなかった。しかし翌日この作品のことを考えていた時、ふと突然、あのしぐさの意味を理解した。そうか、そういうことだったのかと。このように、作中で説明がない分、時間をおいて後から気づくことも少なくない。

◆見る側に答えが委ねられた作品
 映画を見ながら、この不幸な男性リーの人生に救いはあるのだろうか、と考えていた。また、監督がこの映画を通じて伝えたいのは一体なんなのだろうかとも考えた。前者の答えは筆者なりに見つけられたものの、後者は分からないまま、映画の終わりがやってきた。あまりにもあっけない終わり方で、流れてくるエンドロールを筆者はあ然と眺めていた。しかしそこで、制作側がこの映画を通じて伝えたかったであろういくつかのテーマの1つに気づいた。これが人生なんだと。私たちの人生には、時に大きな出来事が起こる。しかしその度に映画のエンディングのようなすっきりした「一件落着」があるわけではない。常に、「この後こんな展開になるかもしれない。いやもしかしたらあんな展開かも」という可能性を秘めながら、私たちは毎日を生きていくのだ。その展開をどうしていくかは、自分たちの手に委ねられている。

 日々暮らしていくなかで、私たちはひとりひとりそれぞれ違い、異なるものを感じ、異なるもの受け止めている。そのため、リーの人生の救いがどれだったか、この作品が一番伝えたかったことが何だったか、見る人によって異なるかもしれない。意味のなさそうなシーンに意味を見出すか否かも、人によって異なるかもしれない。できれば1人ではなく、映画が終わった後に感想を語り合える誰かと一緒に観に行って欲しい。自分とは違うところで人が何をどう感じるか、新たに気づくことがあるかもしれない。5月13日(土)公開。

画像出典:ビターズ・エンド

Text by 松丸 さとみ