ハンカチ必須の『LION/ライオン 25年目のただいま』 愛くるしい子役の演技を各紙絶賛

 5歳で迷子になり家族と生き別れたインドの少年が、養子となってオーストラリアに渡った後、Google Earthを使って25年ぶりに本当の家族を探し当てた。この奇跡とも言える実話を映画化した『LION/ライオン 25年目のただいま』は、本年度のアカデミー賞で6部門にノミネートされ、失った過去を巡る人間の心の葛藤に、貧困や異文化体験などの社会的な側面も織り込んだ優れた作品だと評価されている。俳優陣の好演も光り、なかでも子役、サニー・パワールの驚くほど自然な演技が注目されている。

◆実話に基づくストーリー。アカデミー賞効果でヒット
 この映画の原作は、オーストラリアのビジネスマン、サルー・ブライアリーの回想録『25年目の「ただいま」』だ。貧しい家庭に生まれた少年サルーは、ある日兄に連れられて行った駅で、回送列車に足を踏み入れてしまう。列車に運ばれサルーがたどり着いたのは、1000マイル以上離れたカルカッタだった。言葉も通じず、自分の状況をうまく説明できないサルーは、路上生活を経て孤児院に連れて行かれるが、養子となりオーストラリアへ渡る。優しいオーストラリア人夫妻のもと幸せに育つが、自分の過去に悩まされるようになり、Google Earthを頼りに故郷を探し、本当の家族に会いに行くというストーリーだ。

 フォーブス誌によれば、本作はもともとメガヒットを狙った訳でもなく製作費も控えめで、12月の時点では全米の上映館数も限られた地味な作品だったようだ。しかし、アカデミー賞作品賞ノミネートは確実だと前評判が高く、実際に6部門でノミネートされた。その後イギリス、オーストラリアでも公開が始まり、ノミネーションの効果も手伝ってか世界的なヒットとなっている。

◆ナチュラルすぎる子役の演技に大注目
 映画の前半は、子供時代のサルーが描かれているが、メディアは子役のサニー・パワールを絶賛している。デイリー・メール紙は、やるせないほどかわいらしい演技だと表現。インドのニュースチャンネル『News18』は、見る者の心が張り裂けそうになる演技で、他のキャストを食ってしまうほどだとしている。成人したサルー役のデーヴ・パテール(第81回アカデミー賞作品賞を獲得した『スラムドッグ$ビリオネア』の主人公を演じた)でさえ、「画面を見ている時間のほとんどはサニーの演技。自分がポスターに出ているのは、マーケティング目的だと思う」と語っており、パワールの演技は素晴らしく、真似のできないものだと認めている(タイムズ・オブ・インディア)。

 パワールはオーディションでガース・デイヴィス監督が見出した素人で、撮影時には5歳だったという。フォーブス誌は、かわいそうな子供への見る者の本能的なリアクションに頼る映画は多いが、本作では子供の微妙な感情や反応をうまく表現できたことが作品の良さにつながっていると述べる。こんな小さな子供の演技力に頼ることはこの映画にとってのリスクでもあったとデイヴィス監督は話しているが、パワールを信じたことで報われたと同誌は讃えている。

 中盤の成人したサルーの心の葛藤やルーツ探しの描き方は、前半に比べて雑になってしまったとニューヨーク・タイムズ紙(NYT)は評しているが、パテールを始め、養母役のニコール・キッドマンらの表現力のあるキャストや、美しい音楽に助けられ、見る者の感情を揺さぶる作品となっていると、全体としては好意的だ。本作は、時として我々も過去と今の間で葛藤することがあることを思い出させてくれるとフォーブス誌は述べ、繊細かつ機敏、そしてパワフルな2016年のベスト作品の1つだとしている。

◆泣けるけど……。ITの進歩喜ぶべきものか?
 本作品は、多くのメディアに「泣ける映画」として紹介されている。デイリー・メール紙の映画評論家ブライアン・ヴィナー氏は、久々に映画館で感動してしまったと述べ、News18のラジーブ・マサンド氏も泣いてしまったと告白しており、ハンカチの持参必須であることは間違いないようだ。

 一方、NYT紙のA・O・スコット氏は、最終的にこの映画の焦点は主人公の苦悩からグーグルの勝利にシフトすると主張。物語の背後に企業プロパガンダの臭いがあり、温かさの中にも嫌な寒気を感じざるを得ないと述べる。確かにいかに世界は狭くなり、いかに多くの問題をデータが解決し、いかに我々が他とつながっているかというのは注目に値するが、我々が何かを失ってしまったこと、そしてそれが何なのかさえも分からないことも事実だ、と厳しいコメントをしている。

Text by 山川 真智子